コラム

イラク政府のファルージャ奪還「成功」で新たな火種

2016年06月23日(木)16時12分

Thaier Al-Sudani-REUTERS

<イラク政府がイスラム国(IS)から中部の要衝ファルージャを奪還したが、作戦に参加したシーア派民兵組織が、市から逃げ出した住民を拷問、処刑していたという。なぜ今また、宗派対立の懸念が浮上しているのか> (写真はファルージャ市内に入ったイラク兵、6月17日)

 過激派組織「イスラム国」(IS)に支配されていたイラクの都市ファルージャの中心部を治安部隊が制圧した。場所は首都バグダッドの西60キロ。5月末に奪回作戦を開始し、およそ20日間かかったことになる。アバディ首相は17日に「ファルージャは奪還された」と国営テレビで宣言した。

 現地からの報道によると、ファルージャの北部などにはISによる抗戦が残っているとされるが、2014年春にISがファルージャに入り、政府の支配がきかなくなって以来、2年半ぶりに政府の統制下に戻ったことになる。

【参考記事】イラク・ファッルージャ奪回の背景にあるもの

 ファルージャの奪還は、2015年4月のバグダッドの北にあるサラハディン州の州都ティクリート、同年12月の西のアンバル州の州都ラマディという、ISに制圧されていた主要都市の奪還に続くもので、アバディ政権にとってはISとの戦いにおける大きな軍事的成果である。しかし、一方で、シーア派が主導するイラク政府によるこの奪回作戦にはシーア派民兵組織が援軍として介入しており、その結果、イラクが抱える「スンニ派対シーア派」という宗派対立の懸念が露呈し、イラクの将来に不安をもたらす結果となった。

 国連の推計として伝えられるところでは、6月12日、13日の2日間で7300人の住民がファルージャから脱出するなど、治安部隊による最後の攻勢が始まった6月10日以降に計4万人が市外に出たが、なお、5万人が市内に残っているという。市から外に出る何本かの主要道路にISが検問所を置いて、住民が脱出するのを阻止したようだ。

 ファルージャは、スンニ派住民が多数を占めるアンバル州にあり、州都ラマディとバグダッドの間に位置する。政府の治安部隊が2015年12月にラマディからISを排除して以来、ファルージャは政府勢力に包囲され、食糧搬入を制限する兵糧攻めにさらされていた。

 米国の人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)の4月の報告によると、市内では食料不足や医薬品不足が深刻になり、イラク政府筋がHRWに明らかにしたところでは、その時点で140人のお年寄りや子供が、飢餓や医薬品不足のために死亡したという情報が出ていた。ISは市民が市から出ることを禁じ、出ようとする市民がISに殺害される例もあったという。まさに、市民は、非情な政府と残酷なISの間に挟まれて、絶望的な状態に陥っていた。

シーア派民兵の「民衆動員部隊」が虐殺行為

 今回の政府によるファルージャ奪回作戦が始まって、作戦に参加したシーア派民兵の存在に注目が集まった。シーア派民兵には、バドル軍団、アハルハック連合、サラーム軍団などいくつもの組織があるが、武器や資金面でイランの革命防衛隊の支援を受け、その指揮下にある。民兵は2014年にモスルがISに陥落した後、「民衆動員部隊」と総称されるようになった。

 サウジアラビア系のアラビア語衛星放送アルアラビアによると、アンバル州のラウィ知事が6月12日に、「6月3日から5日の間に、ファルージャから出てきた住民のうち男性643人がシーア派民兵に拘束され、49人が死んだ」と発表したという。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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