コラム

映画『オマールの壁』が映すもの(1)パレスチナのラブストーリーは日本人の物語でもある

2016年05月12日(木)11時45分

主人公のオマール(左)と恋人のナディア 提供:UPLINK

※ネタばれ注意

 イスラエルによる占領下でのパレスチナの若者を描いた『オマールの壁』の上映が4月から東京で始まり、5月になって上映館が増え、好評だという。約10年前に、自爆攻撃に向かう2人のパレスチナ人の若者の48時間を追った『パラダイス・ナウ』を撮ったパレスチナ人監督、ハニ・アブ・アサドの作品である。『パラダイス・ナウ』ではアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたが、『オマールの壁』で2回目のノミネートとなった。

『オマールの壁』はパレスチナの若者たちがイスラエルの秘密警察の策謀によって、友情や愛を引き裂かれる悲惨な物語であり、サスペンスを利かせた巧みなストーリー展開で見せていく。イスラエル軍によって、全裸で吊り下げられて拷問される場面もあり、衝撃的な結末まで、鉛を呑まされるような重苦しさの残る映画である。

『オマールの壁』はパレスチナで生まれた映画であり、パレスチナ問題という枠で評価されがちだが、アブ・アサド監督は、パレスチナ問題を超えて、普遍的な人間ドラマとして世界に送り出そうとしていると私は考えている。監督自身もインタビューで「戦争ストーリーではなく、ラブストーリーだ」と語っている。この映画は、パレスチナ問題を政治の領域に閉じ込めるのではなく、人間の問題として根源的に問おうとしている作品である。

【参考記事】『オマールの壁』主演アダム・バクリに聞く

 私が講義を持っている東京都内の大学で、この映画を見た学生を集めて、映画について語る自主講座を開いた。映画にはいくつかの謎が仕掛けられているが、ほとんどの学生が読み取れていない謎もあった。この映画に含まれている謎を読み解くことは、日本の観客が、この映画を自分たちの問題だと気づくことにもつながる。

幼馴染3人の友情と、ラブストーリーを基調に

 簡単にあらすじを紹介する。オマールは2人の幼馴染タレクとアムジャドとともに、反占領の武装組織に所属している。さらにオマールとアムジャドはタレクの妹のナディアに思いを寄せているが、オマールはナディアと結婚の約束をし、パン屋で働いて結婚のためのお金をため、新居も用意している。ストーリーは3人の友情と、オマールとナディアとのラブストーリーを基調としている。

 オマール、タレク、アムジャドの3人は夜、イスラエル軍陣地に向けて銃を発砲し、1人を殺害した。銃撃したのは、アムジャドである。この後、物語は動き出す。

 オマールは襲撃事件の関連で、イスラエル秘密警察に捕まり、ラミ捜査官の尋問を受ける。オマールは拷問を受けても誰が銃撃したか口を割らないが、ラミ捜査官はオマールに、イスラエルに情報を流す「協力者=スパイ」になれば釈放すると誘う。ラミは3人のうちのリーダー格のタレクが主犯と考えている。オマールに「出してやるからタレクをおびきだせ」と誘う。オマールはラミの裏をかくつもりで誘いに応じて釈放される。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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