コラム

日本の野党は「未来志向」の韓国選挙に学べ

2021年09月22日(水)15時58分

そしてそれは今回の大統領選挙においても変わらない。例えば、現段階での与党の最有力候補である李在明が主張するのは「ベーシックインカム」の導入である。背景には、韓国進歩派内部の経済政策を巡る長い議論が存在し(この点については、金教誠他『ベーシックインカムを実現する』木村幹監訳、白桃書房、近刊、をご覧いただきたい)、そこには当然、現政権の経済的施策に対する批判の意が込められている。「韓国のトランプ」との異名を取る李在明は、その過激な言動で知られる人物であるが、だからといってそれは彼が「与党候補にも拘わらず」文在寅を批判している事を意味しない。寧ろ、「与党候補だからこそ」彼は任期末期に差し掛かった文在寅との違いを証明せねばならず、その為に文在寅のそれとは異なる経済政策を、ベーシックインカムを看板にすべく、様々な試行錯誤を重ねている。

勿論、その事は彼らの示した政治的、或いは経済的施策が成功であった事、或いはこれから成功するであろうことを意味しない。朴槿惠の示した「創造経済」は結局、最後までその具体的姿が明確なものとならなかったし、文在寅の行った最低賃金引上げ政策については、雇用減を齎す事で、逆に韓国経済を冷え込ませた、という意見が多い。李在明の示すベーシックインカムにも、その実現性と効果を巡って批判は多く、果たしてこの看板政策が現実に彼をして大統領の地位にまで押し上げる事が出来るかは未知数だという他はない。

明るい将来像に向けて

しかしながら、それはこれらの彼らの看板政策が、政治的にも意味を持たなかった事を意味しない。盧泰愚、金泳三、金大中と引き続いた権威主義体制期からの実績を有する大物政治家が政界を去った後、韓国政治に活力を支え、与野党相互や与党内部での政権勢力の交代を齎したのは、大統領の地位を目指す各候補者達が掲げた独自の政策であり、その政策により描かれた大きな明るい将来像であった。そしてこの大きな将来像を巡る試行錯誤の先に今の韓国の社会が存在しているのである。

だからこそ、韓国の人々にとっては、大統領選挙は過去よりも未来を語る場となっている。そして、それはこの国の不安定さと同時に、活力の源の一つとなっている。未来について考え、何かを変えようとすれば、人は時に大きな間違いを犯す。しかし同時に、未来について考え何かを変えなければ、今の社会をより良くする事は不可能だ。そしてその未来についての自らの理想像を明確、かつ分かりやすく示す事は、現政権に対するアンチテーゼである野党政治家にとって必須である筈である。

民主党が下野してからまもなく9年。その間に、韓国の大統領は、李明博から朴槿惠、文在寅へと変わっている。変わる側に変わる理由があるとするならば、変わらない側、いや変われない側にもきっと変われない理由が存在する。ひょっとすると我々は余りにも過去についてばかり話してはいないだろうか。そう考えれば、或いは他国の政治から学ぶべき事も、時にはあるのかもしれない。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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