コラム

瀬戸際の元徴用工問題、日本は自ら解決の道を閉ざすな

2020年08月13日(木)21時10分

そして、ここにおいて日本政府は「切り札」を一つ持っている。それは今日の韓国において安倍首相が酷く嫌われており、だからこそ彼らはその発言に対して、時に過敏にまでに大きく反応する事だ。そしてその事は、仮に安倍首相が自ら「韓国政府が仲裁委員会の設置に応じないのは、本当は自らの主張に自信がないからなのではないか。韓国の人々は自らの側の正義を信じているなら、そんな政府を動かしてその正義を国際社会に訴えるべきだ。それとも韓国の人々もまた、心の奥底では自らの正義を信じていないのか」と率直に訴えるなら、韓国世論がこれに強く反応する可能性は大きい事を意味している。

何故なら、彼らが忌み嫌う安倍首相に「正義の欠如」を言い立てられる事は、彼らの自尊心を大きく揺るがす事になるからだ。よく知られている様に、今日の韓国では長らく経済停滞に苦しむ日本を格下に見る論調も強くなっている。であればこそ、自信をつけつつある彼らの自尊心を利用して、国際社会に引きずり出せば良いのである。

国際社会に正しさを示せ

勿論、それでも韓国の世論は動かず、文在寅政権は何もしないかも知れない。しかし、その時には、日本政府は、韓国の政府や世論のダブルスタンダードな行動を、今度は声高に国際社会に直接訴えかけて行けば良い。重要なのは、国際社会の前での解決を主張する事は、紛争解決における最も理想的且つ当然な事であり、それ故、これを主張する事により日本が失うものは何もない、という事だ。

エリート達が水面下で交渉し、世論の知らない所で問題が解決できた時代は、既に遠い過去の事である。今日の世界では、世論がますます大きな影響を持つ様になっており、だからこそ、外交において、相手国の政府に対して以上に、相手国の世論に訴えかけ、これを動かす「パブリック・ディプロマシー」を如何に効率的に行えるか重要性を増している。

そして、少なくとも日韓関係においては、この様な方法を取る事は異なる意味をも有している。何故なら、中途半端で大きな効果を持たず、逆に自らの国内産業に大きなダメージを与えてしまう様な自己満足的な「制裁」よりも、韓国政府と世論、更には国際社会に訴えかけるパブリック・ディプロマシーの方が遥かに大きな影響があり、何よりも我々が失うものが遥かに小さくなるからだ。さて、読者諸氏はどう思われるだろうか。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米SECがジェフリーズ調査、傘下ファンドの破綻自動

ビジネス

中国の安踏体育と李寧、プーマ買収検討 合意困難か=

ビジネス

訂正(発表者側の修正)東京コアCPI、11月は+2

ビジネス

英自動車生産、10月は前年比23.8%減 ジャガー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story