コラム

韓国の「反日批判」の裏側を読む

2019年12月19日(木)11時15分

言葉を換えて言えば、李承晩は勿論、朴正熙や全斗煥といったかつての韓国の「反共政権」を支えた人々の「反日」意識は見事に看過されるに至っている。そして言うまでもなくそこでは、彼らが支持した朴槿恵政権下の慰安婦問題に対する強硬な姿勢もまた、存在すらしなかったようになっている。

そして彼らは、自らの支持する李承晩らに対しては認める「反日」意識を正当化する「特殊事情」を、進歩派やかつての野党に連なる勢力に対しては認めない。控えめにいってもダブルスタンダードであり、そこに韓国の「反日」意識そのものに対する真摯な問題意識を読み取ることはできない。

この事が意味するのは、彼らによる「反日批判」はそれ自体に目的があるのではなく、彼らが批判を向ける人々そのものを攻撃する事に主たる目的がある、という事である。そして同じ事は新たに注目され始めた、仁憲高校を巡る事態においても同様である。例えば、この事件を報道した韓国の有力保守紙、朝鮮日報は、この事件を「反日教育」を巡るものとしてではなく、文在寅政権下における「政治偏向教育」に関わるものとして報じている。

高校生ら自身も直截に述べている様に、この問題でもやはり焦点となっているのは、「反日教育」そのものではなく、一部の進歩派に属する教員が自らの思想信条を押し付ける事に対する反発である。背景には韓国保守派の政権を握る進歩派の歴史観の広がりへの危機感が存在する。

歪んだ期待は捨てよ

こうして見るなら、韓国における「反日批判」とは、進歩派と保守派に大きく二分される現状が生み出したものに過ぎない事がわかる。そしてその事は、同時に今日の日韓両国が実は類似した状況にある事をも意味している。何故なら我が国においても、第二次安倍政権の韓国に対する政策の是非は、政権自体に対する評価と一体となって議論されているからである。

第二次安倍政権に対する日本国内の批判の声が、彼らが韓国の歴史認識に対して支持している事を必ずしも意味していないように、韓国の進歩派、更にはその進歩派の政権である文在寅政権に対する批判の声は、即ち彼らが日本側の歴史認識を支持している事を意味しない。進歩派の歴史観が批判された結果として登場する政権が、日韓関係の改善に意味を見出さない「第二の李承晩政権」ともいえるものであれば、両国関係の好転が期待できる筈がない。

重要な事は、「期待に歪んだレンズ」を通してではなく、相手国の状況を冷静に観察する事だ。そしてその為には、自らもまた外交政策を各々の政権に対する評価と切り離して考える事が必要だ。さもなければ両国の「歪んだ期待」は裏切られ続けるだけになるだろう。

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プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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