コラム

ブレグジットしたら意味不明なルールから解放された件

2021年01月25日(月)13時20分

EUを離脱した今、イギリスではデビットカードでの「非接触」の支払い限度額を上げることを検討している。EUのルールではこれは45ポンドに設定されていて、それ以上の金額だと、暗証番号の入力が必要になる。

さて、今や新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の最中だから、大勢の人がキーパッドの小さな番号ボタンをつつく手間が省かれ、そのおかげで取引が迅速になって決済の列に並ぶ時間が減るのならば、非接触決済はウイルス拡大を抑えるのにきっと役立つのではと、普通だったら考えるだろう。

人々は今や、以前より買い物の回数を減らし、週に一度のスーパーマーケットへの買い出しで以前より多めに買うようになっている。当然、購入額が45ポンドを上回ることは増える。イギリスでは今、この非接触決済の上限を100ポンドにする案が検討されている。

なぜ45ポンドで設定されていたのか、と不思議に思うかもしれない。どうして覚えやすい50ポンドではないのか? なぜなら、ユーロを基準に設定され、45ポンドは約50ユーロだからだ。

同じように、銀行が破綻した場合の政府による預金保証限度額は、8万5000ポンド(EUのルールによるもので10万ユーロ)に設定されている。それほど覚えやすいとは言えない金額だ。なおひどいことに、この金額は何度か上に下にと変えられてきた。2、3年前に7万5000ポンドから上げられたのだが、EUが額を変更したわけではなく、対ユーロのポンド相場が急落して「ポンド相当額」が上がったからだ。僕の記憶が正しいのなら、その前はポンド高だったのに預金保証限度額は8万5000ポンドだった。

おせっかいなEU本部

2011年以前には、この銀行預金保証限度額について、全EU共通のルールはなかった。イギリスは金融危機の際、イギリス国内のほぼ全員がこの範囲に含まれる預金者であることを想定して、預金保証限度額を5万ポンドに設定した。そうすれば人々がパニックになって預金を引き出し、銀行破綻のリスクが増す事態を防げるだろう、と。

5万ポンド以上の預金を持つあらゆる人々には、預金を別々の銀行に分散するよう勧められた。十分明確なアドバイスだ。明確でないのは、おせっかいなEU本部が介入して新たな基準を設定し(金額は上がった)、またそれを数年のスパンで下げたり上げたりしたことだ(EUのルールと一致させるために)。

念のため言っておきたいのは、気に食わない小さな税や、紛らわしい銀行ルールが、イギリスのEU離脱の「第一の」理由ではないということだ。でもこれは問題の一部ではあった。EU本部は「協調」の名の下にルールを作りたがり、加盟国は画一的基準が自国に適していない場合でも、そのルールに従わねばならなかった。

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、米の半導体貿易政策を調査 「差別的扱い」 通

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対

ワールド

中国が首脳会談要請、貿易・麻薬巡る隔たりで米は未回
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story