コラム

イギリス人のイマ風「王室観」

2011年05月26日(木)22時11分

 人は飛行機に乗るとどういうわけか感情的にもろくなりやすい――僕の友人の「持論」だ。おそらくそれは、機内の薄暗さと閉じ込められた空間が、子宮の中にいた時の気持ちを思い起こさせるからかもしれない。あるいは、乗務員や管制官などの「大人たち」に身の安全を委ねるから、誰もが一時的に子供みたいな立場になるからかもしれない(たとえ飛行機で飛ぶのなんてちっとも怖くない、という場合でも)。

 僕は彼のこの理論をなるほどと思った。長時間のフライトで映画を見ると、不覚にも泣いてしまうことがあるからだ。いつもなら僕は、そうやすやすと映画で涙を流すタイプではない。なのに機中では『クジラの島の少女』(お子様映画だ!)でグッときてしまったのを覚えている。ニューヨークに到着する飛行機の中で、「パッヘルベルのカノン」を聴きながら目が潤んでしまったこともある。

 だが何より涙をこらえきれなかったのは、映画『英国王のスピーチ』でコリン・ファース演じるジョージ6世がマイクに向かって二言三言しゃべる場面を見た時だ。

 これは、英国王を主人公にしながらも彼をイマイチ称えていないという一風変わった映画。「バーティー」の愛称で呼ばれたジョージ6世は、怒りっぽくて口汚く、自分を気遣ってくれる人に対して失礼な態度をとる。ヘビースモーカーで、妙になまった話し方をする(吃音の障害はまた別の問題だ)。イラつくほど内気なのに、自分の立場を常に意識しているようなところがある。

 これらはどれも驚くような新事実ではない。ジョージ6世が次男なのに成り行きで王位に就くことになり、その地位が重荷になって長生きしなかったことはイギリス人にはよく知られた話だ。それでも、話を知っていることとそれを映画のスクリーンで目にするのとでは大きな違いがあった(さらに機内で見るとまた少し違う)。

■国民の関心を引く「人間味」

 王室に対する尊敬の念が強かったり、法的な問題があったりして、王族をこんな風に描くことなどかなわない国もある。個人的には、それは残念なことだしかえって王族に対する国民の関心を薄れさせてしまうのではないかと思う。

 僕はこれまで英王室に関する映画を何本か見てきた。『クィーン』は、ダイアナ元皇太子妃の事故死の直後に、エリザベス女王をはじめ王室が直面した劇的な数日間を見事に描き出していた。ジョージ3世が主役の『英国万歳!』はおかしくも悲しい作品だった。『ヴィクトリア女王 世紀の愛』を見たのは、偶然にも夫アルバート公に関する話を少し読んだ数日後のことだった。

 これらの作品はどれも英王室を持ち上げるものではない。映画の中のエリザベス女王は感情を表に出さないし、ジョージ3世は精神を病んでいる。ビクトリア女王は性欲旺盛に描かれている(あくまで夫婦生活において、だが)。

 彼らは国家や国民に対する義務感や生来の「善」の部分で、欠点を埋め合わせしている。もっとも、彼らの見せる「弱さ」こそが彼らに人間味を与えているし、人々の心を引き付けもしているのだ。

 王制は必ずしも合理的な制度とはいえない。それだけに、彼らの人間的な弱さこそが国民の共感を呼んでいるというのもうなずける話だ。とりわけ今のような時代では、人々は彼らの人間味あふれる部分にこそ感情移入しやすい。

■「働き者」としての女王

 最近行われたウィリアム王子とキャサリン妃のロイヤルウェディングでもそれを実感した。いつもは近所付き合いもないような人々が道に集って祝福を交わし、国旗を飾ったこともないような家々にもイギリス国旗がはためいていた。

 僕はロイヤルウエディングの中継をロンドンの友人たちの家で見た。僕らはみんな若く、教育を受けた「中流階級」の人間だったから、普通に自然体で、時にたわいないジョークを交わしながら挙式を鑑賞していた。ベアトリス王女の奇抜な帽子がどうとか、弟ヘンリー王子は王妃の妹ピッパ・ミドルトンのハートを射止められるか、といった具合だ。

 ところがテレビにエリザベス女王が映し出されると、女王は今いくつだっけ、と友人の1人がつぶやいた。女王は最近85歳を迎えた。僕らはしばらく、女王と夫のエディンバラ公がいったいどうしたらこんな年で公務を続けていられるんだろう、という話題で盛り上がった。

 その後、皆がしばらく黙っている時に僕が感じたのは(僕だけでなく友人たちも皆感じていたと思う)、女王は「抽象としての君主」などではなくて生身の人間だということ。それも、20年も昔に引退していてもいい年なのにまだ働き続けている人、という感覚だ。

 最近、エリザベス女王はアイルランドの1937年の独立以来初めてとなるアイルランド訪問を行った。歴史の中で両国の間に生まれた溝を修復する役目を果たすためだ(アイルランド系イギリス人の僕は、この問題に対する思い入れも強い)。女王は時には疲れることもあるだろうが、公の場ではその気配すら見せない。

 何歳になってもハードワークをこなす女王の生き様は、映画化するのにふさわしいテーマだろう。でも映画になったとしても、飛行機では見ないようにしようと思う。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

三菱商、洋上風力発電計画から撤退 資材高騰などで建

ワールド

再送赤沢再生相、大統領令発出など求め28日から再訪

ワールド

首都ターミナル駅を政府管理、米運輸省発表 ワシント

ワールド

ウクライナ6州に大規模ドローン攻撃、エネルギー施設
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「どんな知能してるんだ」「自分の家かよ...」屋内に…
  • 7
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 8
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    「1日1万歩」より効く!? 海外SNSで話題、日本発・新…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story