コラム

英王室御用達のイチゴジャムの秘密

2009年12月21日(月)12時04分

 以前ベーグルについて書いていたとき、ベーグルに関する記事のある1文が心に引っかかった。

「ベーグルといえばニューヨークだ。パンと都市がこれほど密接に結びついて考えらえれている例は、恐らく他にない」。シリアスイーツ・ドットコムが主催したベーグルコンテストの審査員の1人は、そう述べていた。

 僕がそれを面白く思ったのは、ニューヨークはもちろんベーグルの発祥の地ではないから。ベーグルは17世紀にポーランドで生まれたもので、東欧ではユダヤ人と結びついて考えられている。ユダヤ人の移民が後にニューヨークに伝えたのだ。

 同様に、ジャムといえばイギリスと思われている。世界1おいしいジャムは、偶然にも僕の両親が住んでいるイギリスのエセックス州で作られている。大げさな、と思うかもしれないが、同州の小さな村ティプトリーにあるウィルキン&サンズのジャム(ティプトリーと呼ばれる)の素晴らしさは、誰もが認めるところだ。
 
 ティプトリーには実に多彩な種類の素晴らしいジャムがあり、しかも普通のジャムと値段があまり変わらない(外国で買うのはかなり高価だが)。世界の「食通」が愛するウィルキン&サンズは王室御用達の店の1つで、04年にはワシントン・ポスト紙の記事にもなった。
 
 数あるティプトリーのジャムの中でも、イギリス人にとって特別なのは「リトル・スカーレット」と呼ばれるストロベリージャムだ。このジャムは、かなり甘い(ただし人工的な甘さではない)。だから、ほんの少しトーストにぬるぐらいがちょうどいい。ジェームズ・ボンドは、アストン・マーチンに乗り、ロレックスの時計をはめ、リトルスカーレットのジャムを食べる(『ロシアより愛をこめて』にそう書いてある)。

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 イギリスに帰国したときに、ウィルキン&サンズのジャム工場を訪ね(ティプトリーには他にすることはほとんどない)、「リトル・スカーレット」の裏話を聞いて驚いた。リトル・スカーレットには真っ赤な小粒のイチゴの種が使われているのだが、実はこれ、100年以上前にウィルキン氏がアメリカを訪れたときに見つけた野生のイチゴなのだという。このイチゴが素晴らしいジャムになると見抜いてウィルキン氏がイギリスに持ち帰ったのだが、元をただせばアメリカのイチゴだったのだ!

 それでもこのジャムは、イギリスの「功績」といえるだろう。僕の知っている限り、リトル・スカーレットの「潜在力」を見抜いた人は他にいない。ましてや、ジャムとして売り出そうなんて。何しろベリー類を育てるのは容易ではない。イチゴは手で摘まなければいけないが、リトル・スカーレットはかなり小粒なため、普通の大きさのイチゴと同じだけの量を摘むのに、人手も時間もかかる。

 収穫期は通常よりも短くて3週間。それを過ぎると熟し過ぎてしまう。たくさんは収穫できないから、いつもリトル・スカーレットは品薄状態だ。だからといって、値段を吊り上げるようなことはしないのは見上げたものだ。

 言っておくが、僕はウィルキン&サンズとは何の関係もない。僕が言いたいのは、ティプトリーのジャムは人生のささやかな楽しみを与えてくれるということ。それに、電車の駅も止まらないような小さな村から、世界への輸出品が生まれたという点もいい。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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