コラム

選挙が民主主義を殺す──世界3大民主主義国で起きていることは日本でも起きている

2021年01月25日(月)15時30分

分断化の背景

3大民主主義国家で起きた現象の背景には、社会環境的な変化がある。前掲のADRNのレポートによると、インドの社会はこの10年で大きく変化した。その大きな原因はスマホの普及、インターネットの普及、そしてSNSの普及だ。影響はすぐに政治におよび同国は世界有数のネット世論操作大国になるにいたった。

同様な現象がアメリカとインドネシアでも起きている。わかりやすいように表にまとめ、比較のために分断化が進んでいない台湾を付け加えた。台湾は前掲の「Social Media, Disinformation and Democracy in Asia: Country Cases」では分断化は起きていないとされており、『2020 Global Inventory of Organized Social Media Manipulation』(2021年1月13日)でも政府の関与するネット世論操作は確認されていない(ネット世論操作そのものは存在する)。

ichida0125b.jpg

他にも、ニュースの接触方法の変化、ネット世論操作産業の成長、ツイッターの影響力が目立っている。

近年では多くの人々がSNS経由でニュースに接している。アクセスしやすいから見ているだけで信用はしていないのだが、結果的にSNSで流れるニュースや情報に感情的に反応している。「ニュースで重要なのは正確さよりもアクセスのしやすさ」というのは3大民主主義国の多くに共通する傾向である。ちなみに我が国でも同じという調査結果が、『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』(日経BP、2020年6月25日、藤代裕之他)に出ているので、この傾向は他の国でもあるのかもしれない。ただし、必ずしも全ての国に共通というわけではない。たとえば分断の進んでいない台湾ではSNSよりも新聞やテレビでニュースに触れる人が多い。

民間企業が委託を受けてネット世論操作を行っていることは前回のアメリカの大統領選でのケンブリッジ・アナリティカなどを見てもわかる。ネット世論操作産業は我々の社会に着々と根付いている。3大民主主義国においては、ネット世論操作産業の台頭が顕著である。世界全体のネット世論操作を行う民間企業は昨年(25)に比べるとおよそ倍(48)に増加している。多額の資金がネット世論操作に流れていることがうかがえる。

もうひとつ3大民主主義国に共通しているのは、選挙でツイッターが重要な役割を果たしていることだ。3大民主主義国家におけるツイッターの利用者シェアは必ずしも高くない。それにもかかわらず選挙における議論の場として影響力を持っている。その理由については明らかではないが、ツイッター社は発言内容などを元にしたアカウントの凍結している以上、そのことを把握しているはずである。

ツイッター社は落選したトランプのアカウントを凍結したが、社会的影響を最小限に抑えるにはもっと早く行動を起こすこともできた。2019年に行われたインドとインドネシアの選挙の経験からアメリカの大統領選で起きることを容易に予想できた。アメリカの大統領選では、インドやインドネシア以上に社会階層や人種をもとに分断を促進するような発言、不正選挙疑惑、陰謀論が拡散した。ツイッター社は蓄積した知見をしかるべき政府機関などと共有することで、より有効な対策の立案に協力することもできた。私の知る限りでは、それらは行われなかった。こうした情報を共有することはツイッター社の活動に規制が入る可能性があったためかもしれない。

前掲のADRNのレポートによると、アメリカでは社会階層と人種が分断化のベースにあり、似たような地域、似たような学校、似たような職業につき、同じ政党を支持するようになるために分断化が起こりやすい可能性があると指摘している。インドやインドネシアでも社会階層と人種というのはネット世論操作の材料になっており、支持政党にもつながっている。逆に台湾はそうではないことが分断の進まない理由としている。

選挙が民主主義を壊す理由

選挙が民主主義を壊す理由はいたってわかりやすい。ほとんどの有権者は論理的でも理性的でもない判断を行う(選挙の経済学、ブライアン・カプラン)。多くの人は政治に対する関心が薄く知識も持たないが、関心を持つと極論に走る傾向がある(Against Democracy、ジェイソン・ブレナン)。日本でも2017年に根拠のない極論のブログ記事に啓発された人々が13万件の懲戒請求をさまざまな弁護士会に送付した事件があった。懲戒請求を送付した人々の多くは事実確認すらしていなかった。この事件はさまざまなメディアでも取り上げられたので記憶している方も多いだろう。(ハフポスト2018年5月16日、懲戒請求の男性、弁護士に謝罪「ただの差別と気づいた」、朝日新聞、2019年4月11日)。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

米FRB議長人選、候補に「驚くべき名前も」=トラン

ワールド

サウジ、米に6000億ドル投資へ 米はF35戦闘機

ビジネス

再送米経済「対応困難な均衡状態」、今後の指標に方向
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story