コラム

日本人の安全保障意識を変えた首相......安倍が残した真のレガシー

2020年09月01日(火)18時00分

安倍が日本の安全保障政策にもたらした変化としては、海上自衛隊のいずも型護衛艦にF35Bステルス戦闘機を搭載できるようにしたことも無視できない。これにより、いずも型護衛艦の「空母化」が実現し、日本は第2次大戦後初めて潜在的な攻撃能力を手にしたことになる。

「アイアン・フィスト2020」の実施と「いずも」の空母化は、安倍が後世に残したレガシー(遺産)だ。

この10年ほど中国が対外的に強硬姿勢を強める一方、トランプ政権下のアメリカは、アジアの安全保障に関わることに消極的になり始めている。こうした点を考えると、政治家人生を通じて日本の防衛力強化をひたすら目指してきた安倍には、先見の明があったのかもしれない。

これまで安倍は、段階的にゆっくりと時間をかけて日本の安全保障政策を転換させてきた。そのスピードの遅さを批判する論者もいる。

しかし、そのような論者が見落としている点がある。国民に新しい政策を受け入れさせるためには、リーダーが少しずつ国民の認識と思考を変えていく必要があるのだ。国民が信奉している規範を大きく踏み越えた政策は、たいてい拒絶されるからだ。

その点、安倍はゆっくりと日本の政治文化を変えてきた。その結果、国民は次第に、日本が国際関係で積極的な役割を担うことを容認し始めた。

国民の意識を変えさせた

安倍は、日本の安全保障上の能力を高めるだけでなく、安全保障と外交に関わる基本理念と法的枠組みも変えようとしてきた。

日本国憲法第9条そのものは今日に至るまで変更されていないが、安倍政権下で2013年に国家安全保障会議(「日本版NSC」)が創設され、2015年には「平和安全法制」が成立して、日本の安全保障の在り方は大きく変わった。この2つの措置により、本稿で述べてきたような行動が可能になったほか、日本が実効性ある「武力行使」を行える局面が拡大したのだ。

安倍は、2度目の政権でリーダーシップの重要な原則を学んだように見える。リーダーが成果を上げるためには、いつ先頭に立って牽引し、いつみんなと一緒に行動し、いつほかの人たちの後ろからついていくべきかを心得ていなくてはならない。

その点、安倍は、国益をどのように守るべきかについて日本国民の考え方をゆっくりと変容させ、国民が容認する安全保障政策の範囲を押し広げ続けてきた。

日本の安全保障政策を段階的に、しかし着実に大きく転換させてきたこと。それが安倍の置き土産だ。これにより、急速に厳しさを増す国際環境への日本の対応力が高まったことは間違いない。

それでも、今後日本が直面する安全保障上の試練に対応する上では十分でない。いや、いま直面している試練に対応するのにもまだ足りないのが現実だ。

<2020年9月8日号掲載>

【関連記事】安倍首相の辞任表明に対する海外の反応は?
【関連記事】安倍晋三は「顔の見えない日本」の地位を引き上げた

【話題の記事】
12歳の少年が6歳の妹をレイプ「ゲームと同じにしたかった」
コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず
異例の熱波と水不足が続くインドで、女性が水を飲まない理由が悲しすぎる
介護施設で寝たきりの女性を妊娠させた看護師の男を逮捕

20200908issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年9月8日号(9月1日発売)は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。主導国なき「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く、米中・経済・テクノロジー・日本の行方。PLUS 安倍晋三の遺産――世界は長期政権をこう評価する。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story