コラム

テクノロジーで瞑想を不要に TransTech Conferenceから

2019年02月12日(火)16時00分

脳の活動を計測する技術、刺激を与える技術の進歩には、目を見張るものがある。まずは脳の中で何が起こっているのかを計測するためのfMRI(磁気共鳴機能画像法)、sEEG(定位的深部脳波 )などの技術が開発された。そして次に脳に刺激を与えるTMS(経頭蓋磁気刺激法)などの技術も開発された。

最も早くから研究されていたのは、電気による刺激だ。アリゾナ大学のSanguinetti教授は、学生のときにパーキンソン病患者に電極を埋めて刺激する研究に関与し、すべての患者の人生が劇的に変わるのを目撃した。「科学者なので奇跡という言葉を使いたくないが、まさに奇跡だと感じた。そのときダライ・ラマの言葉を思い出し、この領域の研究を続けたいと思うようになった」と語っている。

しかし電極を埋める手術は大変だし、膨大な費用がかかる。

安く、非侵襲に。これが神経科学の長年の大命題だ。そしてそれがだんだんと解決され始めている。

迷走神経を刺激するイヤホン型デバイス

サウスカロライナ医科大学のBashar Barden博士が注目しているのが、迷走神経だ。迷走神経は12対ある脳神経の1つ。同博士によると、迷走神経は全身に行き渡っているため「刺激を与えることで、ありとあらゆる健康面での効果が期待できる驚異の神経だ」と言う。

迷走神経を刺激する電極を胸部に埋め込む手術は既に実用化されている。「効果はてきめん。ほかのどんな方法でも効果がなかったてんかん患者のうち、40%の患者のひきつけの症状が約50%緩和されている。またうつ病にも、重症の肥満に対しても、効果がある」と言う。ところが手術費は約5万ドル(約500万円)。デバイスが故障したり、電池の寿命が5年で切れれば、再手術が必要になる。

そこで開発されたのが、イヤホン型のデバイス。耳の中にも迷走神経が走っており、そこに電気を流すことで迷走神経を刺激することが可能というものだ。2013年から研究が進められているが、最新の研究では耳に電流を流すだけで、心拍数を下げたり、心を穏やかにさせたりできることが分かってきた。また脳の中枢神経系にも変化を引き起こすことが可能なことも分かってきている。「各種セラピーと併用することで、いろいろな精神疾患に有効である可能性が高い」と同博士は胸を張る。

同博士がアドバイザーとして関わっているベンチャーのeQuility社では、うつ病患者向けに、耳に当てるデバイスとスマートフォンアプリを組み合わせたセラピーの仕組みを開発、近く発売する予定という。「最新の研究成果をベースにした素晴らしい製品。ヒット商品になると思う」と語っている。

0207yukawa2.jpg

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米国に核軍縮の責任果たすよう要求 米国防総省

ワールド

11月スーパー販売額前年同月比2.8%増、9カ月連

ワールド

ベトナム、次期指導部候補を選定 トー・ラム書記長は

ワールド

中国特使、タイとカンボジアに早期停戦求める
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story