コラム

欧州が備えるバイデン時代の対中技術輸出管理と人権制裁メカニズム

2020年12月05日(土)20時50分

米欧関係は再び動き始めており、両地域の複雑な利害関係の調節のための枠組みが整備されていく...... REUTERS/Joshua Roberts/

<欧州はバイデン時代の国際環境下において、欧州が産業政策及び外交政策上の主導権を握るべく具体的な取り組みを開始している...... >

同盟国との協調を掲げるバイデン政権発足を見据えて、欧州は国際情勢で主導権を取るべく様々な仕掛けを準備しつつある。トランプ時代に冷え込んだ米欧関係は再び動き始めており、両地域の複雑な利害関係の調節のための枠組みが整備されていく見通しだ。

その代表的な取り組みが「技術輸出管理」と「人権問題」の枠組みづくりである。

バイデン政権が求める同盟国重視・対中抑止を実現するための枠組み提示

欧州委員会は新技術に関する共同基準を設定するための「大西洋横断貿易技術評議会」の設置をバイデン政権に提案する予定だ。同評議会は共通の価値観を有する両地域において、新技術(人工知能や通信など)とデジタルサービスの標準ルール策定などで協力することを目的としていると言う。同評議会のテーマには技術輸出管理や外国製品の採用基準なども当然に盛り込まれることが予定されている。

つまり、バイデン政権が主張している「共通の価値観を有する国々で世界のGDPの半数を占めることで対中交渉力を持つ」という構想は同評議会なしでは達成不可能な目標なものだと言えるだろう。バイデン政権が喉から手が出るほどにほしいものを欧州は餌として目の前にぶら下げた形となる。

また、欧州委員会は人権問題という点については米国の「マグニツキー法」と同様のメカニズムを導入することに前向きな状況となっている。同法の名称は2009年にロシアの刑務所で亡くなったセルゲイ・マグニツキー弁護士の名前から付けられたものであり、人権侵害を行っている政府当局者個人を直接的に旅券制限・資産凍結などの制裁対象とするものだ。現在、EU版の同メカニズムは12月10日に行われる世界人権デーに合わせて制定されるべく調整が進められている。

このメカニズムはバイデン政権が実行しようとしている民主主義サミットの枠組みにEUとして実効性を持たせる意図があることは明らかだ。同メカニズムが実装されることは中国・ロシアなどに対する民主主義国陣営の国際的な交渉力が増すことに繋がる。

この2つの取り組みを象徴的なものとして、欧州はバイデン時代の国際環境下において、欧州が産業政策及び外交政策上の主導権を握るべく具体的な取り組みを開始している。EUのバイデン政権が求める同盟国重視・対中抑止を実現するための枠組みを提示し、その運用面での主導権を握ろうとする姿勢は極めて老獪なものだ。

バイデン時代に対応した菅政権の外交は......

このような欧州外交の強みを生かす手法は、トランプ政権時代の単独行動主義時代は十分に効果を発揮することができなかった。EUはバイデン政権の強み・弱みを理解した上で、それらをうまく利用するやり方を心得ていると言えるだろう。

日本政府は米欧の流れに歩調を合わせて両枠組みに加わる方向で行くのか、それとも世界第三位の経済大国として独自のポジションを強調していくのか。バイデン時代に対応した菅政権の外交手腕が問われることになるだろう。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story