コラム

ネットビリオネアが牽引する21世紀の宇宙探検

2018年04月13日(金)19時50分

宇宙開発ベンチャー「ブルーオリジン」について説明するベゾス Isaiah Downing-REUTERS

<アポロ11号の月面着陸以降、予算削減のために停滞した宇宙開発を牽引するのは、今やネット事業で巨万の富を得たビリオネアたち>

アポロ11号が無事月に着陸したのは1969年7月20日のことだった。多くのアメリカ人が家族揃ってテレビの前で待ち構え、人類が初めて月の上に降り立つ画期的な瞬間をわかちあった。

当時9歳だった私は日本在住なので同じ体験こそしなかったが、「アポロ熱」は共有していた。SFが好きで後にアシモフの『銀河帝国の興亡』(ファウンデーションシリーズ)に熱中した私は、ガジェット好きの叔父が購入した望遠鏡でやや引き伸ばされた月面を観ながら、そこに立っている宇宙飛行士を想像した。そして、「自分が大きくなるころには月だけでなく、ほかの惑星にも簡単に行けるようになるだろう」と宇宙旅行をしている自分を夢見た。

後に世界中で同世代の人と出会って知ったのは、1969年にアポロの月面着陸を体験した世界中の子どもたちが、私と同じような夢を抱いていたということだ。ところが、半世紀経った現在人類は月にすら戻っていない。それも、この世代の宇宙ファンに共通する嘆きだ。

あの頃にはSFの世界でしか実現できなかったようなインターネットやスマートフォンを一般人が毎日利用しているというのに、有人ミッションはアポロ計画に続くアメリカの宇宙ステーション「スカイラブ」から現在の国際宇宙ステーションまで地球の軌道上にとどまっている。

技術は発達しているはずなのに、なぜなのか?

2011年、ケープ・カナベラルで開催された宇宙飛行士奨学金のチャリティイベントで3日間宇宙飛行士らと一緒に過ごした。朝食で私の隣に「ここ、空いてますか?」と座ったベテラン宇宙飛行士と雑談しているとき、この素朴な質問をしてみた。彼は結婚式場にも使われる大ホールの天井を指さしてこう言った。

「天井の電灯が全部ついているでしょう? これがアポロ計画までのNASAの資金だったんです。現在のNASAは、僕たちが座っているテーブルの上だけがついている状態。天井全部の電灯をつけることができたら、火星にもすぐ行けます。全然不可能ではありません」

つまり、お金の問題なのだ。

有人ミッションには膨大な資金がかかる。税金を使うNASAの場合には、国民の支持がなければそれだけの予算を確保することはできない。アポロ11号が月面着陸を果たす3年前、NASAは国家予算の4.4%という巨額を受け取っていた。当時のアメリカにとって、ソビエト連邦より先に「アメリカ人」を月に降り立たせるのは国を挙げてのミッションだった。宇宙飛行士はアメリカ国民にとってスーパーヒーローであり、国民は膨大な税金を宇宙計画につぎ込むことを許したのだ。

NASAによる有人ミッションが消滅の方向に切り替わったのは、皮肉なことにアポロ11号が月面着陸を果たした日だった。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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