コラム

遅咲き日系人作家が生み出した、ロス黒人街の「ホームズ」

2017年04月18日(火)16時00分

新人日系人作家ジョー・イデ(写真左)と筆者 Yukari Watanabe

<ロス黒人街の「シャーロック・ホームズ」を主人公にしたミステリー『IQ』。異色のヒーローを生み出したのは、なんと遅咲きの日系人作家>

2017年エドガー賞・新人賞部門の候補になった『IQ』は、IQというニックネームの黒人青年が主人公のミステリー/サスペンスだ。

ロサンゼルスの中でも犯罪が多いことで知られるサウス・セントラル地区で育った黒人青年Isaiah Quintabe(イザイア・クィンタベ)は、この地域の黒人コミュニティで「IQ」というニックネームで知られている。名前のイニシャルが示すようにIQが並外れて高く、シャーロック・ホームズのように謎を解き、問題を解決する。しかもイザイアは、コミュニティの隣人からは報酬を受け取らない。それは過去の罪を償うのが目的だからだ――。

10年ほど前、有名大学への進学を目指していたイザイアは、弟の将来を誰よりも信じていた兄の死により、精神的にも経済的にもどん底に突き落とされた。追い詰められ、自暴自棄になっていたイザイアは、高校ですでに犯罪の才能を発揮し始めていたJuanell Dodson(ジャネル・ドッドソン)と出会い、間接的とはいえ、黒人とヒスパニック系ギャングの間の抗争に手を貸すことになった。それを悔やみ、すべてを捨ててドッドソンと離れたが、世話をしている少年のために金が必要になり、ドッドソンを通じて私立探偵の仕事を引き受けることになる。

クライアントは、スランプに陥っている有名ラップ・ミュージシャンのCal(カル)だ。誰かが彼を殺そうとしているという。カルは、離婚した元妻を疑うが、イザイアはプロの殺し屋を雇った者がいることを直感する。カルのマネジャーやプロデューサーらは、特に犯人探しには興味がなく、適当に決着をつけてカルが仕事に戻ることを望んでいる。誰からも協力を得られないままに真相に近づいていったイザイアは、殺し屋から命を狙われるようになり......。

【参考記事】ボブ・マーリー銃撃事件をベースに描く血みどろのジャマイカ現代史

ストリートスラングの魅力

文芸小説のような哀愁がただよう過去の回想と、アクションが多いスピーディな展開の組み合わせが絶妙だが、この小説の最大の魅力は、主人公IQのハードボイルドなストイックさとヒップホップ音楽のようなスラングにある。ふだん入り込めない世界への、バックステージパスをもらったような気分になる。

そしてもっと驚くのは、この小説の作者がJoe Ide(ジョー・イデ)という日系アメリカ人であることだ。

「それは偏見ではないか?」と非難されそうだが、そうではない。小説を書くときには、自分がよく知っている材料を使うのが普通だからだ。読者の目は厳しいので、よく知らないことを想像だけで書いても、説得力がなく、相手にされない。日系人作家が日系人コミュニティを舞台にした小説を書くなら分かりやすいが、わざわざ黒人コミュニティを選んだのが意外だった。

そこで、その疑問点について、著者に直接尋ねてみた。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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