コラム

白人が作った「自由と平等の国」で黒人として生きるということ

2015年11月11日(水)17時05分

昨年以降白人警官による黒人への暴行・虐待が相次いで発生し、アメリカの人種間の緊張は高まっている Rick Wilking-REUTERS

 Ta-Nehisi Coates(タネヒシ・コーテス)は、犯罪と暴力が日常茶飯事のメリーランド州ボルチモアで生まれ育ち、ワシントンのハワード大学を中退した後、由緒ある月刊誌The Atlanticで政治・社会論評の記事を執筆するようになった珍しい経歴の黒人ライターだ。(筆者注:アメリカではBlackのかわりにAfrican Americanと呼ぶのが政治的に正しいという人もいるだろうが、著者自身がBlackと使っているので、ここでも「黒人」という表現を使わせていただく)

 人種問題の改善策についてオバマ大統領とは異なる見解を持ち(ここで紹介する本に彼の意見が詳しく書かれている)、アメリカでの黒人差別を語る上で最も重要なライターのひとりとみなされている。

Between the World and Me』は、1963年に刊行された『The Fire Next Time』からインスピレーションを得たCoatesが、14歳の息子に語りかける形を取ったエッセイだ。The Fire Next Timeは、黒人作家 James Baldwinが、14歳の甥に向けて書いたエッセイであり、1960年代に人種問題を掘り下げて書いた本として知られている。

 ふつうの読者は、「アメリカ人の父が息子に与える言葉」というと、「アメリカは誰にでも機会を与える素晴らしい国」だから、「大きな夢を持て」という内容を予想するだろう。

 だが、この本は全く逆なのだ。

 Coatesは、アメリカに存在する夢のことを、「美しい芝生がある完璧な家、メモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)に隣人が仲良く前庭に集うバーベキューパーティ、ツリーハウス とカブスカウト、ペパーミントの香りがして苺のショートケーキの味がするもの・・・(It is perfect houses with nice lawns. It is Memorial Day cookouts, block associations, and driveways. The Dream is treehouses and the Cub Scouts. The Dream smells like peppermint but tastes like strawberry shortcake.)」と表現する。そして、彼自身がこの夢に逃避していたかったと告白する。

 だが、それは自分たち黒人には不可能なのだとCoatesは息子に語りかける。なぜなら、祖国アメリカは黒人を犠牲にしてできあがったものであり、それを忘れ、都合が悪いことがあれば目を背けるのがアメリカンドリームだからだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story