コラム

「イノベーション」か「安心安全」か──念には念を入れすぎる日本の意外な効用

2022年12月01日(木)14時07分
石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
指さし確認

TMPRTMPR/ISTOCK

<「何か起こった時に考える」とはならない日本では、新しい技術は生まれづらい。しかし、自動運転の車にひかれることも、暗号資産が突然消えることもない。人に優しい社会とは?>

暗号資産交換所大手の米FTXトレーディング社が経営破綻した。暗号資産は日本語でいまだに「仮想通貨」と呼ばれているせいか、仮想=実体がない=信用できない、というイメージを持つ人が日本には大勢いる。

だから、FTX破綻のニュースを見て、「それ見たことか」と思った人もいるだろう。だが意外なことに、世界中に約130あるFTXの関連会社のうち、日本法人では顧客の資産が守られていると報道され、鈴木財務相もそれを確認している。

FTXの破綻は、同社が顧客から預かった資産を使ってハイリスクな運用を行い、多額の損失を出したことが原因だと現時点では報じられている。

だが日本の金融庁は、アメリカに比べて非常に厳格な法令を敷いていて、日本の暗号資産交換所に対し、顧客から預かっている資産を自社の資産とは分けて管理することを徹底させている。そのため顧客資産が交換所に勝手に運用されることはなく、保全されているというのだ。

もちろん、日本法人も米FTX本社のシステムを使っているため、日本の顧客が自分の資産を本当に出金できるかどうかはまだ予断を許さないところではある。それでも暗号資産ビジネスで周回遅れだと思われていた日本が、結果的に最もまっとうで安全だったのである。

日本の金融庁は、厳格な規制で知られる監督官庁といわれる。日本では金融システムは「社会インフラ」の1つと考えられ、いついかなるときもダウンすることなく、安定的に運用することが求められる。

ATMはいつもきちんと動いていなければならないし、店舗が勝手に休業することは許されない。臨時休業するためには、行政庁に届け出をし、公告し、店頭掲示を行い、業務再開時も同様の手続きを踏まなければならない。2019年の法改正でやっと、天災などの場合はこれらの手続きが免除されることになったくらいだ。

金融庁だけでなく、「念には念を入れよ」は日本人の仕事の場での特質である。例えば指さし確認。工場でも電車の運転でもこれをやる。

他国で運転手や車掌が指をさし、声を出して確認しているのを見たことがある人はいるだろうか? 

私はない。だからこそ日本の電車の運用は驚異的に正確で安全なのだろう。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story