最新記事

中国

武漢パンクはコロナで死なず──ロックダウンがミュージシャンにもたらした苦悩と決意

CAN WUHAN PUNK SURVIVE THE CORONAVIRUS?

2020年8月13日(木)13時30分
カイル・マリン

magf200812_Wuhan2.jpg

新型コロナウイルスの被害が大きかった武漢の市街 ALY SONG-REUTERS

それでも自宅のある武漢の開放的な東湖地区を離れ、実家に閉じ込められているうちに不満が募った。彼女は、大きくて静かな東湖に抱かれる感じが好きだ。周りにある会社や店も気さくな雰囲気で、近所には大勢の音楽仲間がいる。そうしたものが曲に深みをもたらすという。だから、騒々しいギターリフの下にも優しいメロディーが隠れる。

実家に足止めされている間も、彼女は湖畔の食堂に座って東湖を眺めたいと何度も思った。食べたいのは武漢名物の「熱乾麺」。「リハーサル後は仲間と東湖の周辺を歩き回って、いろんなことを議論した。あの場所に帰れないのはつらかった」

ライブ配信に大きな期待が

逆に、隔離生活で発見があったというのは「パニック・ワーム」のギタリストでイギリス人のライアン。身動きできない間は自身のプロジェクトである環境音楽の「スロット・キャニオンズ」に集中した。思いがけず手にした自由な時間のせいで、納得の仕上がりになったという。

ずっとバンド仲間と会えない寂しさも、それで忘れられた。「情熱を注ぐものを奪われるのはつらい。でも、いいチャレンジになる。もっと強くなって戻ってくるぞという動機付けができた」

如夢のギタリストの陳にも、隔離生活中に何かポジティブな曲を書けたかと聞いてみた。すると「パンデミックの曲なんて書きたくない」と、ぶっきらぼうな返事が戻ってきた。彼も仲間も自主隔離中は「毎日、ネットで悪いニュースばかり見せられて落ち込んでいた。チャットで暗い気持ちを吹き飛ばすのが精いっぱいだった」。

ロックダウンで収入源を絶たれたVoxの李珂は、新しい業態にチャレンジした。知り合いのバンドに無観客でライブをやってもらい、その映像をストリーミングで配信する仕組みだ。今では中国だけでなく世界中のミュージシャンが試みていることだが、無観客ライブのネット配信をビジネスとして立ち上げたのは、たぶんVoxが最初だ。

中国では支付宝(アリペイ)や微信(WeChat)など、携帯電話で使える電子決済システムが普及しているから、ライブ配信の視聴料もボタン1つで支払い完了。料金はすぐにライブハウスやミュージシャンの口座に振り込まれる。

ちなみにSNS上のマーケティングに詳しいローレン・ハラナンに言わせると、中国でロックのライブ配信がビジネスになるのはユーザーの特異な属性ゆえだ。あの国には「大都会に一人で、あるいは別に親しくもないルームメイトと暮らしている若者が多く、コロナ危機以前から一人で過ごす時間が長かった」と、ハラナンは言う。そして彼らは、それでも「誰かとつながっている、外出はできなくても孤独じゃないんだと感じたくて」好きな音楽のライブ配信にすがりつくのだ。

そうかもしれない。しかし「隔離生活中のミュージシャンにとっても独立系バンドやライブハウスにとっても、ライブ配信で得られる収入は微々たるもの」だと、北京のロックバンド「SUBS」のボーカル抗猫(カン・マオ)は言う。

彼女は武漢出身で1990年代後半に北京に移住。そのガラスの破片のように鋭いボーカルで、SUBSは中国のアングラ音楽シーンでおそらく最大のファンを獲得している。今回のコロナ危機でもSUBSのライブ配信には3万件のアクセスがあり、それなりの資金が集まったという。

【関連記事】ゲイと共産党と中国の未来
【関連記事】新しい中国を担う「意識高い系」中国人のカルチャーとは何か?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米の雇用主提供医療保険料、来年6─7%上昇か=マー

ワールド

ウクライナ支援の有志国会合開催、安全の保証を協議

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中