最新記事

中国

武漢パンクはコロナで死なず──ロックダウンがミュージシャンにもたらした苦悩と決意

CAN WUHAN PUNK SURVIVE THE CORONAVIRUS?

2020年8月13日(木)13時30分
カイル・マリン

武漢のライブハウス「Vox」のステージで演奏するパンクバンド「フィル・レイク」 COURTESY OF LI YUNTONG

<新型コロナ発生源の武漢は反体制パンクの知られざる聖地──北京や上海でなく、武漢が中国で「最もタフな町」と言われるのには訳がある>

ソーシャルディスタンス(社会的距離)だの、自主隔離だのが世界中の人の日常語になる以前、李珂(リー・コー)の仕事は武漢の若いパンクファンを熱狂させることだった。何しろ武漢は、中国のパンクロックの都。しかも業界筋によれば、彼の仕掛けるステージは中国全土で屈指の人気だった。

しかし今、李が経営するライブハウス「Vox」は閑古鳥。1月に武漢が新型コロナウイルス感染の中心地になり、ロックダウン(都市封鎖)が実施されたためだ。4月8日にロックダウンが解除され、街は以前の姿を取り戻しつつあるが、中国全土の累計の感染者数は公式発表でも8万人を超え、死者数は5000人に迫っている。

だいぶ規制が緩まった業種もあるが、李は店内のバーで酒を提供できるだけで、主な収入源であるライブは禁止され、まだ開けない。Voxはラテン語で「声」の意。ステージの壁にも英語で「若者の声、自由の声」と大書されているのだが、今はどちらの声も聞こえてこない。

Voxは毎月10万元(約150万円)の赤字だと、李は言う。家賃のほか、技術スタッフやバー、予約受付の担当者の給料のためだ。若い従業員を支援し続けるのは、現実的な理由からでもある。現在の禁止措置が解除されたら「即座に仕事に戻れる態勢」にしておくためだ。

うちの台所も火の車だ、と言ったのは別のライブハウス「武漢プリズン」の支配人である咚咚(トン・トン)。5月上旬にはオープン11周年の記念パーティーを開いたが、音楽ドキュメンタリーを上映して客に酒を出すことしかできなかった。

武漢プリズンは2009年に、1996年に結成された伝説的なパンクバンド「SMZB」のボーカル、呉維(ウー・ウエイ)らが設立した店。その4年前には同じバンドの元ドラマーである朱寧(チュー・ニン)らがVoxをオープンしていた。

演奏の場を奪われたミュージシャンの懐も寂しい。ポストパンクバンド「如夢」のギタリストである陳チェン(姓のみの記載を希望)。このバンドはSMZBを手掛けた独立系レーベル「メイビー・マーズ」と契約しているが、ロックダウンで収入はゼロになり、物価の上昇もあって生活はとても苦しいと言う。武漢では、感染のピーク時に食料品などの価格が2~3倍に跳ね上がっていた。

李雲彤(リー・ユントン)はバンド「フィル・レイク」の女性ベーシストで、Voxのステージ責任者も兼ねる。しかしコロナウイルスのせいで、クリエーターとしての収入も個人としての消費も打撃を受けた。せめてもの幸いは、コロナ騒ぎが起きた旧正月を実家で過ごせたこと。おかげで物価高騰の直撃は受けずに済んだそうだ。

【関連記事】ゲイと共産党と中国の未来
【関連記事】新しい中国を担う「意識高い系」中国人のカルチャーとは何か?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中