最新記事

中国

武漢パンクはコロナで死なず──ロックダウンがミュージシャンにもたらした苦悩と決意

CAN WUHAN PUNK SURVIVE THE CORONAVIRUS?

2020年8月13日(木)13時30分
カイル・マリン

magf200812_Wuhan4.jpg

ライブハウス「武漢プリズン」の入り口には検温所が設けられた COURTESY OF MANAGER DONG DONG

だが伝説のバンドSMZBを率いる呉維は、もっと冷めた見方をしている。今の時点ではネット経由のライブ配信がバンドにとってもファンにとっても唯一の選択肢かもしれないが、それはパンクロックの本来あるべき姿ではないと感じている。

5月中旬にメイビー・マーズの主催で配信された中国史上最大の無観客ロックライブに参加したアーティストたちはかなりの稼ぎを上げたらしい。主催者側によると、電子決済システムを通じた「募金」は約4万50元(約60万円)に達した。

しかし、この金額は通常の、つまり観客を入れて行うライブの収益に比べれば取るに足りない。だから主催者側も、ライブ配信の最大の目的は「アーティストの露出」であり、「ファンとの接点を維持すること」だと認めている。そうやって「私たちが最善を尽くして前に進もうとしている姿をファンに見せる。それが大事」なのだと。

もちろん中国の音楽市場の中心は北京であり、そこでは都市封鎖の期間中にもっと大規模で、もっと洗練され、もっと大きな話題を呼んだ無観客ライブが行われ、ストリーミングで世界中に配信された。

しかし新型コロナウイルスの社会的影響が長引くなか、武漢のミュージックシーンには、首都・北京にも負けない有利な条件がある。

まず、武漢も大都市だが北京や上海に比べれば家賃はずっと安い。だから都市封鎖で事実上の休業を強いられても、Voxや武漢プリズンはどうにか食いつなぎ、廃業を免れることができた。一方、北京では著名なライブハウス「DDC」が5月下旬に店を閉じてしまった。上海や香港でも、国際的に人気の店が閉鎖に追い込まれている。

そして武漢には真に熱烈なファンがいる。国際的に脚光を浴びるのは北京や上海のミュージックシーンかもしれないが、最高に骨のあるパンクのミュージシャンがいて、最高に熱いファンが集まって彼らを支えてきたのは武漢なのだ。

外国のジャーナリストは、どうしても北京のバンドに注目しがちだ。しかし鋭い記者なら、最近の北京系バンドが(あの天安門事件後のロックブームの特徴だった)反権力の精神を失っていることに気付くはずだ。その精神を今に受け継いでいるのが、SMZBに代表される武漢のバンドであることにも。

武漢がパンクの聖地になった訳

武漢に西洋のパンクロックを持ち込んだのは、プロモーション会社のスプリットワークス。もう10年以上も前のことだ。同社の設立に加わったアーチー・ハミルトンに言わせると、当時の武漢は1980年代イギリスの工業都市に似ていた。「鉄鋼産業を中心とする典型的な労働者の町で、私の知る限り中国で公害が最もひどく、ニヒルな感じの漂うディストピア。つまり、パンクにぴったりの街だった」

実際、武漢には「怒り」や「カオス」「パニック」といった不穏な名前を付けたバンドがたくさんあり、そういうバンドを立ち上げたのは怒れる若者たちだった。

いい例が、武漢ロックの草分け的存在であるSMZBの呉維だ。若い世代からはアングラロックの長老として尊敬されている大ベテランで、既に10枚のアルバムを発表しているが、今もバリバリの現役だ。曲調は、どこかイギリスのロックバンドのザ・ポーグスを思わせる。

【関連記事】ゲイと共産党と中国の未来
【関連記事】新しい中国を担う「意識高い系」中国人のカルチャーとは何か?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑

ワールド

サウジ6月原油販売価格、大半の地域で上昇 アジア5

ワールド

インドネシアGDP、第1四半期は予想上回る 見通し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中