最新記事

中国政治

中国の「テロとの戦い」は国際社会の支持を得るか

2015年11月27日(金)15時55分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 殺人を犯した襲撃犯とはいえ、自国民に火炎放射器をぶっ放すという恐ろしい話をなぜ官制メディアが報じたのだろうか。

 それだけではない。自由アジア放送(RFA)などの米メディアによると、パリ同時多発テロ事件が起きた後から中国のSNSでは、ムスリムに対するヘイトスピーチなどが散見されるようになったという。厳格な言論統制をしく中国では、ヘイトスピーチも削除の対象だ。実際、一定期間後、こうした書き込みはネットから消えたという。

中国語強制、ラマダン禁止、ビール一気飲み等の弾圧がテロの土壌に

 世界的にテロへの注目が高まる中で、ウイグル人に対する弾圧、支配強化に対する大義名分を手に入れたい。それが中国の動機だろう。

 実際、新疆ウイグル自治区では新たな規制が導入されたとニューヨーク・タイムズが報じている。中国にはグレート・ファイヤー・ウォール(GFW)と呼ばれる厳しいネット検閲が存在するが、ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)などの壁越えツールを使うことで検閲を回避することが可能だ。ところが11月中旬以降、新疆ウイグル自治区では、スマートフォンでVPNを使用すると携帯電話会社から回線を停止される事例が相次いでいるという。

 回線を復活させるためには、派出所で壁越えツールは二度と使用しないと誓約する必要がある。中国のSNSでは「インスタグラムが見たかっただけなのに諦めた」などの書き込みもあった。他地域ではこうした規制は導入されていないだけに、新疆ウイグル自治区を狙い撃ちした規制強化は現地の人々の不満を高めるものとなるだろう。

 今回のVPN規制に限らず、中国政府はさまざまな弾圧を繰り返してきた。中国語での教育普及を強化し、母語の教育機会が奪われた。公務員や国有企業などのエリートコースを歩みたければ中国語は必須となる。さらに大学生や公務員に対してはラマダン(断食月)の禁止が強要された。昼間に人前で食事するよう強制されるという「踏み絵」もあったという。さらにヒゲやヒジャブの禁止といったファッションの規制や、厳格なイスラム教徒ではないことを示すためにビール一気飲みイベントを開催するといった冗談にしか思えないような話まで伝えられている。

 約200人が死亡したと中国政府が発表した2009年のウルムチ騒乱、市民31人が死亡した雲南省昆明市の通り魔事件、今年9月の鉱山襲撃事件......厳しい弾圧が不満を高め、新疆で襲撃事件が相次ぐ背景となっている。さらに宗教的・文化的自由を求めて国外に脱出するウイグル人も少なくない。歴史学者の水谷尚子氏によると、トルコには3万人もの亡命ウイグル人が居住していると推定されているが、その一部はシリアの反政府武装勢力やイスラム国に参加しているという(『文藝春秋』2015年8月号)。

 パリ同時多発テロ事件がそうであったように、中国でも軍事訓練を受けたシリアからの帰国者によるテロが起きたとしても不思議ではない。どのようにして未然に防ぐか、テロが起きる土壌そのものをいかになくしていくかが課題となる。

 中国は「テロとの戦い」では国際的な協調を打ち出しているが、一方で国際社会が掲げる人権などの普遍的理念についてはきわめて冷淡な対応を見せている。国際社会と足並みをそろえるならば、「戦い」ではなく「理念」ではないだろうか。

<この執筆者の過去の人気記事>
「中国は弱かった!」香港サッカーブームの政治的背景
台湾ではもう「反中か親中か」は意味がない
知られざる「一人っ子政策」残酷物語

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ

ビジネス

スウェーデン、食品の付加価値税を半減へ 景気刺激へ

ワールド

アングル:中ロとの連帯示すインド、冷え込むトランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中