コラム

中国人がウイグル問題に無関心な訳 「人に迷惑をかけるな」という日本人と真逆の常識とは

2021年04月21日(水)11時48分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

©2021 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<新疆綿の取り扱いを止めたブランドへのネット上の不買運動と、実店舗での長い行列が矛盾しない不思議な考え方>

最近の中国はスウェーデンのアパレルメーカーH&Mをボイコットしている。理由は新疆ウイグル自治区の人権問題で、H&Mが原料に使う新疆綿の取り扱い中止を発表したためだ。「新疆綿を応援しよう、H&Mはボイコット」というスローガンが中国ネット上にあふれ、人気芸能人もH&Mとの契約の解除を発表。オンラインモールの淘宝網(タオパオワン)や京東商城(JDドットコム)で「H&M」が検索できなくなった。ナイキやアディダスも同じ理由でボイコットされている。

しかし、ネット上と実店舗は違うようだ。例えば、河南省鄭州市にあるH&Mの専門店はいつものようににぎわっている。ある地元の若い女性が店の前で不買運動を呼び掛けたが、みんなに無視され、揚げ句警察に拘束された。湖南省長沙市内のナイキ専門店でもレアシューズ特売に長い行列ができた。

「買うな」は政治的立場、「買う」は生活的立場──愛国主義と生活実用主義の間で、「賢い中国人」は切り替えが自由自在だ。漢民族は1000年を超える権威的政府への服従の歴史の中で、「政治に関心を持つな」「お節介をするな」と子孫に諭してきた。「人に迷惑を掛けるな」という日本人の常識とちょうど逆で、「自分に迷惑を呼び込むな」が中国人の常識なのだ。

欧米の民主国家の人々は、中国人がなぜウイグルの人権問題に無関心なのか疑問を持っている。1つの理由は、政府の言論統制によって中国人のほとんどがウイグル人の実情を知らないことにある。ほかに、ウイグル人が漢民族に比べて入試などで優遇されているという誤解や、団結心のあるウイグル人を恐れる心理もあるが、「自分に迷惑を呼び込むな」という中国人の常識も大きく影響している。

ウイグル人どころか、彼らは自分たちの人権にも無関心だ。中国人はそもそも金や権力という実用的なものしか信じず、それ以外の全ては瞬く間になくなる浮雲だと思っている。

彼らは作家の魯迅がかつて言った「看客(見物人)」である。「看客」たちの精神構造は残酷な強権政治によって形作られるが、一方で全てにおいて人ごとな「看客」意識は、中国の強権政治が続く原因でもある。

ポイント

<新疆綿>
アメリカのスーピマ綿、エジプトのギザ綿と並ぶ世界三大高級綿の1つ。毛足が長く、油分が多いためシルクのような美しい艶がある。中国産綿花シェアは世界で25~30%。

<魯迅>
文学者・思想家。1881年浙江省紹興市生まれ。医学を志して日本留学したが、国民の覚醒には文学が必要と作家に転じ、「狂人日記」「阿Q正伝」「故郷」などの名作を残した。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story