コラム

中国のネット暴力は「人肉」まみれ

2019年03月29日(金)19時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

Cyber Bullying with Chinese Characteristics

<中国では多数のユーザーが個人情報をネットで探してさらす「人肉検索」による自殺事件が複数発生している>

3月10日、エチオピア航空302便が墜落して乗員乗客全員が死亡したが、その中に中国籍の乗客が8人いた。事故直後、中国メディアは事故に遭った22歳の女子大生のSNS新浪微博のアカウントを見つけた。亡くなる前の日常写真や投稿を調べたところ、なかなか裕福な生活をしていた美人で、事故がなかったらボーイフレンドと2人きりでキリンを見るロマンチックな旅をしていたことが分かった。

中国メディアがこの内容を公開すると、一部ネットユーザーは彼女の不幸を喜んだ。「キリンを見るためわざわざアフリカに行くだって? お金あり過ぎ! そんなの死んでしまって当たり前だろ!」。これ以外にも微博にたくさんの侮辱コメントが書き込まれ、女子大生は事故に加えてネットハラスメントという「二重遭難」に遭った。

中国では、多数のユーザーが1人の個人情報をネットで探してさらす「人肉(人の手による)検索」による自殺事件がこれまで複数発生してきた。人肉検索は00年以降、ネットの掲示板から始まり、今はSNS上に移行し、特に微博で横行している。

18年、新浪微博で遺言状と思われる投稿が発見された。投稿者は若い女性で、親の経営失敗で高額負債に追われてこれから家族3人自殺するつもりだという。3人は警察の説得で自殺をやめたが、人肉検索でかつての贅沢な生活の写真がネットにさらされた。自殺騒ぎで注目を集めようとした、と考えたネットユーザーたちは家族に電話をかけて脅した。10日後、家族は再び自殺を図り、父と娘が死亡した。

中国のネットユーザー数は7億7000万人で、その50%は29歳以下の若者だ。ネット暴力の根源は若者の衝動と無知だと中国官製メディアは分析するが、むしろ庶民が金持ちに不満・恨みを抱く「仇富(チョウフー)」ではないか。格差が特に激しい中国では、貧困層と富裕層はいつまでも平行線で互いに無関係だが、ネットだけが全ての階層がつながる接点になっている。

「不患寡而患不均(食糧の少なさでなく食糧の不平等を気に掛ける)」は、2500年前に孔子が残した言葉。現代風に言い換えれば、「恨みと暴力は格差社会に宿り、平和は平等より生まれる。平等は何よりも大事」――ということだろう。

【ポイント】
不喜歓(よくないね!)

中国でフェイスブックは検閲で見られないが、ネットユーザーは中国SNSにある類似の「賛!(いいね!)」や「不喜歓!」機能で支持・不支持を表現する。

孔子
紀元前551年生まれ。中国・春秋時代の思想家、儒教の祖。諸侯に徳の大切さを説いたが受け入れられず、晩年は弟子の教育と著述に専念した。『論語』は彼と弟子の言行録。

<本誌2019年04月02日号掲載>

20190402cover-200.jpg

※4月2日号(3月26日発売)は「英国の悪夢」特集。EU離脱延期でも希望は見えず......。ハードブレグジット(合意なき離脱)がもたらす経済的損失は予測をはるかに超える。果たしてその規模は? そしてイギリス大迷走の本当の戦犯とは?

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮

ワールド

トランプ氏誕生日に軍事パレード、6月14日 陸軍2

ワールド

トランプ氏、ハーバード大の免税資格剥奪を再表明 民
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story