コラム

出産旅行で実現する中国人の「美国夢(アメリカンドリーム)」

2018年11月16日(金)15時45分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's American Dream (c) 2018 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<トランプが出生地主義を廃止すれば、アメリカで出産して米国籍を取得する中国人富裕層の夢はかなわなくなる>

「みんなこの巨大産業に気付いていない。本当に産業なんだ。多くが中国からやって来る。驚くぞ。中国はナンバーワンだ。全く狂っている」。11月初め、ミズーリ州における中間選挙の演説で、トランプ大統領は改めて米国籍の「出生地主義」について言及した。10月末にトランプが出生地主義を大統領令で廃止する考えを明言して以来、この件は中国の富裕層の間で大きな反響を呼んでいる。

トランプが言う「産業」とは出産旅行のこと。妊娠した外国人女性が観光ビザで出生地主義の国に入国し、滞在中に出産して、新生児に当該地の市民権または国籍を取得させる。アメリカは、アメリカの領土で生まれた全ての人が米国籍を取得できると憲法で認めている。

最高指導者だった鄧小平の孫の鄧卓棣(トン・チュオティー)は86年にアメリカで生まれ、米国籍を取得した中国人の1人だ。2010年、人民日報は「中国の富裕層の間でアメリカ出産旅行がブームに」と報じた。米国籍を取得すれば、中国国内の超難関の名門大学でも外国人留学生枠での入学が容易になる。中国に帰らずアメリカの充実した教育制度や社会福祉を享受することもできるし、子供の選択肢も広がる。

アメリカやカナダへの出産旅行を手配する会社が中国各地で次々とでき、今や巨大産業が形成されている。グーグルで「赴美生子」(アメリカへ旅行して出産する)と入力すると、ネット広告を含め500万件以上の関連情報が出てくる。

クレディ・スイスによれば、中国の中流層の数はアメリカを抜いて1億人に達し、世界最大になった。でも、これと同時に「中産焦慮(中産階級の焦り)」という言葉が生まれた。生活は豊かになったけど、残業ストレス、失業の恐れ、国策の変化による資産価値の目減り......。富裕層だけでなく、焦る中流層もアメリカ出産旅行の有力な予備軍だ。「せめて子供はアメリカ人にして、もっといい教育とチャンスを与えたい」というのが、彼らの「美国夢(アメリカンドリーム)」だ。

しかしトランプが本気で出生地主義を廃止すれば、中国の子供たちはもう「美国夢」を実現できない。豊かになった中国人は、ますます焦りと不安を強めている。

【ポイント】
月子中心

中国や台湾で、出産から産後のケアまでのサービスを有償で母親に提供する施設。大陸の出産旅行ブーム後、アメリカなどでも増えた。

鄧卓棣
86年生まれ。鄧小平のただ1人の孫。北京大学を経て米デューク大学に留学。卒業後、中国の地方都市で副県長を務めたが16年に政界を離れた。

<本誌2018年11月20日号掲載>


※11月20日号(11月13日売り)は「ここまで来た AI医療」特集。長い待ち時間や誤診、莫大なコストといった、病院や診療に付きまとう問題を飛躍的に解消する「切り札」として人工知能に注目が集まっている。患者を救い、医療費は激減。医療の未来はもうここまで来ている。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ハマス、人質のイスラエル軍兵士の遺体を返還へ ガザ

ワールド

中国外相、EUは「ライバルでなくパートナー」 自由

ワールド

プーチン氏、G20サミット代表団長にオレシキン副補

ワールド

中ロ、一方的制裁への共同対応表明 習主席がロ首相と
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story