コラム

中国版「#MeToo」が抱える限界

2018年08月28日(火)18時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/唐辛子(コラムニスト)

民間人が互いを告発することはできるが (c)2018 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国では本当の権力者に対してセクハラや性暴力を告発することは不可能>

昨年10月にSNS上で始まったセクハラや性的暴行の被害体験を告白・共有する「#MeToo」運動は、これまで中国でも2回の盛り上がりがあった。

最初は今年1月。アメリカのシリコンバレーに在住する中国人女性が、12年前に北京の大学で指導教員にセクハラされたことをSNS上で告発した。中国の大学でセクハラ事件が相次いでいることが明るみに出たが、多くのケースは告発した女性たちが匿名で、結局うやむやに終わった。

2回目は今年の夏。告発されたのは公益事業や文化界・メディア界の著名人たちだった。例えばジャーナリストの章文(チャン・ウエン)や鄧飛(トン・フェイ)。章文は民主自由派で、ネット上で政府を批判する発言が多かった。鄧飛は農村の子供たちに無料で学校の昼食を提供する「免費午餐」の設立者でもある。

告発は中国の民主派や公益事業に衝撃を与えた。鄧飛の場合、告発された翌日に免費午餐を含む全ての公益事業から離れる声明を発表した。その一方で、中国中央電視台(CCTV)の名物司会者である朱軍(チュー・チュン)も告発されたが、その告発文はすぐにネットから削除された。

1回目の時、世論の矛先はほとんどセクハラ加害者である指導教員に向かった。しかし2回目の現在、世論の矛先はバラバラになっている。無条件に #MeToo 運動を応援する人もいるし、正当性を疑う人もいる。ネットを利用した一方的な告発で男性たちが一夜にして地位も名誉も失ったことが、文化大革命の群衆による告発運動を連想させるからだ。

いずれにせよ今回の標的は自由派知識人や民間公益事業の有名人ばかりで、現体制の官僚や政治家たちは含まれていない。彼らが全て道徳的な人物でセクハラや性暴力をしないからなのか? そんなわけがない。中国政府の反腐敗キャンペーンを見れば分かる。打倒された汚職官僚の多くが不倫や男女関係のスキャンダルを暴露されている。

中国では民間人が互いを告発することはできるが、本当の権力者に対してセクハラや性暴力を告発することは不可能なのだ。中国の #MeToo 運動は権力への挑戦ではなく、弱い立場の民間人同士の殴り合いでしかない。

【ポイント】
文化大革命の告発運動

66年に始まった文革では「造反有理」のスローガンの下、民衆同士が互いを「反革命分子」として告発・弾圧し合った。

反腐敗キャンペーン
12年に始まった中央政府・地方政府の役人の汚職摘発運動。昨年秋までの5年間で153万人の共産党員が処分された。

<本誌2018年8月28日号掲載>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英米、原子力協力協定に署名へ トランプ氏訪英にあわ

ビジネス

中国、2025年の自動車販売目標3230万台 業界

ワールド

トランプ氏、首都ワシントンに国家非常事態宣言と表明

ビジネス

米、中国企業2社に制裁 SMIC向けに半導体製造設
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story