最新記事
考古学

首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開始から100年、問い直される「遺体損壊」の倫理性

Tut’s Bungled Excavation

2025年12月10日(水)18時20分
エレナー・ドブソン (英バーミンガム大学英文学部准教授)
ツタンカーメンの黄金の棺を調べるカーター

ツタンカーメンの黄金の棺を調べるカーター(撮影者はバートン) APIC/GETTY IMAGES

<ツタンカーメンの王墓が発掘されたのは1922年、ミイラの調査が始まったのは1925年。ギャップがあるのには理由があるようだ>

古代エジプトの王、ツタンカーメンのミイラの調査が初めて行われたのは1925年11月のことだ。だが100年の節目を迎えた記念すべき出来事は、科学の勝利ではなく、破壊行為だった。英考古学者ハワード・カーターが率いるチームは、調査に当たってファラオの首を切り落とし、手足や胴を切断した。さらに、その事実を隠したのだ。

【動画】考古学者達を葬った「ファラオの呪い」の正体とは?

カーターの指揮の下、エジプト人作業員を中心とする発掘隊がツタンカーメンの墓を発見したのは1922年11月。副葬品を取り出し、分類・記録することから始まった作業は10年間、続くことになった。


この慎重な進め方と、カーターとエジプト政府の対立で生じた遅れが原因で、ツタンカーメンの遺体は王墓発見から3年後になって見つかった。

入れ子状になった王の棺の最深部で発見されたミイラは、固まった黒いタールのような物質によって石棺に張り付いていた。埋葬の際、遺体の腐敗を抑えるために注がれた樹脂が原因だった。

遺体は「密着」して「正当な方法では」動かせないと、カーターは記している。樹脂を柔らかくしようと、棺を太陽熱にさらすことも試みたが、失敗に終わった。最終的に選ばれたのが、熱したナイフで切り離すことだ。その過程で、ツタンカーメンの頭部とマスクが胴体から切断された。

「隠蔽工作」と証拠写真

遺体の調査は破壊的だった。ツタンカーメンは首を切り落とされ、腕は肩と肘と手首の位置で、脚は臀部と膝と足首で切断され、胴は腸ちょうこつりょう骨稜に沿って骨盤から切り離された状態になったという。ばらばらの遺体はその後、元の形につなぎ合わされた。

カーターによるミイラ調査の公式記録は損壊行為に触れていないと、エジプト学者のジョイス・ティルズリーは指摘している。英オックスフォード大学グリフィス研究所が所蔵するカーターの個人的な発掘記録(オンラインで閲覧可能)にも記述されていない。

カーターは意図的に隠蔽したか、亡き王の尊厳を守ろうとして沈黙したのではないかと、ティルズリーは示唆する。だが英考古学写真家、ハリー・バートンが撮影した発掘当時の写真は、遺体切断のありさまを明確に伝えている。

バートンの写真の一部では、撮影用に直立状態に保つため、ツタンカーメンの頭に棒を突き刺しているのが見て取れる。カーターの著書『ツタンカーメン発掘記』に掲載されている写真とは大違いだ。カーターの「修正版」ではファラオの頭部が布に包まれ、切断された脊柱は覆い隠されている。

100年がたった今、カーターの発掘の遺産を考え直すことには意味がある。「世紀の大発見」はエジプト学における画期的出来事であるだけでなく、倫理的な問いでもある。ツタンカーメンの遺体の損壊は、考古学の勝利という「公式の物語」を問い直し、より批判的な視点から過去を振り返ることを迫っている。

「今日は考古学史上の重大な1日だ」。ミイラの身体調査が始まった1925年11月11日、カーターは日記にそう記した。だが残された資料が示すように、その魅惑的な黄金の輝きの背後には、倫理的にはるかに複雑で、陰惨とも言えるものが潜んでいる。

The Conversation


Eleanor Dobson, Associate Professor in Nineteenth-Century Literature, University of Birmingham

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


【関連記事】
【写真】再現された古代エジプトの沈没船と、沈没船に刻まれた落書き
【動画】ピラミッドで見つかった未知の空洞

ニューズウィーク日本版 教養としてのミュージカル入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月17号(3月10日発売)は「教養としてのミュージカル入門」特集。社会と時代を鮮烈に描き出すポリティカルな作品の魅力[PLUS]山崎育三郎ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



メンバーシップ無料
ニューズウィーク日本版メンバーシップ登録
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ホルムズ海峡で3隻に飛翔体直撃、日本船籍コンテナ船

ワールド

イラン、米・イスラエル関連の域内経済・銀行拠点をを

ワールド

市場変動が経済への衝撃増幅も、さまざまなシナリオ検

ビジネス

「ザラ」親会社、2月は予想通り9%増収 25年の利
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開された皇太子夫妻の写真が話題に
  • 4
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 5
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 6
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 7
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目…
  • 8
    人間ダンサーを連れて「圧巻のパフォーマンス」...こ…
  • 9
    イランがドバイ国際空港にドローン攻撃...爆発の瞬間…
  • 10
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 4
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 5
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 6
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中