コラム

【現地発】「戦争前夜」ロシア国民の心理と論理

2022年02月24日(木)08時20分

magSR20220224moscow-1.jpg

ロシア政府がウクライナ東部の親ロシア派地域の「独立」を承認した後、抗議集会に参加する男性(ウクライナ東部) Carlos Barria-REUTERS

アフガンとAUKUSの影響

ロシアの有力世論調査機関の調査によると、戦争が避けられないと感じているロシア人は全体の3分の1程度にすぎない。それに、ロシアの人々は戦争の代償も強く意識している。

戦争が始まれば、プーチンの立場が弱まると考える人が31%に上るのに対し、立場が強まると考える人は16%にとどまっている。

ロシアの有力な研究者や政権ブレーンたちは、欧米諸国の軍事同盟であるNATOが短期的に見てロシアの脅威になるとは考えていない。欧米のアフガニスタンにおける体たらくを見れば、NATOなど恐れるに足らないと考えている。

それでも、NATOは「敵意をまき散らして、それを栄養にしてはびこる危険なウイルス」のようなものだと、有力政治学者のセルゲイ・カラガノフは記している。「(NATOが)ロシアの国土に近づけば近づくほど、その危険性は増す」

ロシアの知識人たちは、ロシアの中核的な国益が無視され続けてきたと主張する。ヨーロッパの安全保障環境は、ロシア領に極めて近い地域までほぼ全面的に欧米が形づくってきたと、ロシア人は不満を抱いている。

この考え方によれば、国境地帯での部隊増強は欧米主導の安全保障環境をこれ以上容認できないという意思表示として遅すぎたくらいだ。

しかし、ここにきてウクライナ国境近くに大規模な部隊を集結させた理由はどこにあるのか。この点に関して私が最も説得力を感じたのは、ヒョードル・ルキヤノフの説明だ。ロシア政府に外交・安全保障政策を助言する諮問組織のトップを務める大物外交専門家である。

ルキヤノフの見方によれば、プーチンは直感で行動している。じっくり準備した戦略に基づいて動いているわけではなく、現在の欧米に付け込む余地があると考えて行動を起こしたというのだ。

プーチンがそのような判断に至った理由は2つあると、ルキヤノフは分析する。1つは、米軍がアフガニスタンから撤退したこと。ジョー・バイデン米大統領は、アメリカの威信が低下し、自分の政治的立場が悪くなることを承知の上でアフガニスタンにとどまらない決断をした。

もう1つは、アメリカが英豪と共にインド太平洋地域の新しい安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」を発足させたとき、フランスなどのNATO諸国と十分に調整しなかったこと。

プーチンの目には、バイデン政権がアジア重視に転換しつつあり、ヨーロッパをあまり重視していないように見えていると、ルキヤノフは指摘している。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国GDP、第1四半期は前期比+1.3%で予想上回

ビジネス

日経平均は反落で寄り付く、米金利高止まりを警戒

ワールド

メキシコ大統領選、与党シェインバウム氏が支持リード

ワールド

ウクライナ、国外在住男性のパスポート申請制限 兵員
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story