コラム

【現地発】「戦争前夜」ロシア国民の心理と論理

2022年02月24日(木)08時20分

モスクワの公園(本文と関係ありません) AlxeyPnferov-iStock.

<私のロシアの親族や友人は――。一般市民はウクライナをどう見ているか。ロシア国内でのプーチンの歴史観や侵攻に対する評価は。彼らロシア人には「中国」という別の懸念もある>

※本誌2月22日発売号(3月1日号)「緊迫ウクライナ 米ロ危険水域」特集より

戦争などあり得ない──短期滞在中のロシアで、私が話を聞いた地元の人のほとんどはそう考えている。

ウクライナとの戦争の可能性は? この点を知人のロシア人たちに尋ねると、たいてい「欧米メディアの過熱報道に影響されすぎだ」とからかわれる。

ロシア人は2つの理由により、「侵攻が差し迫っている」という見方を否定する。1つは、ウクライナがロシアにとって家族に等しい存在だからというもの。そしてもう1つは、ウクライナの抵抗が熾烈を極めるはずだからというものだ。

昨年夏、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が長大な論文を発表した。題して「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」。この論文が言いたいことは、要するにロシア人とウクライナ人は「1つの民族」だということだ。

プーチンの論文は歴史をひもとき、ロシアとウクライナの関係が現在のような状態に陥っている責任は外部勢力にあると批判。今日のウクライナは完全にソ連時代につくり出されたものであり、その際にロシアの国土が「簒奪(さんだつ)」されたと断言した。

ウクライナの国土の大半はロシアに帰属すべきものだとプーチンは主張し、再びウクライナの領土を併合する可能性をちらつかせた。「ウクライナの真の主権は、ロシアとの連携の下で初めて可能になると確信している」とのことだった。

プーチン論文の主張はまともな歴史家にはとうてい受け入れ難いものだが、ロシアとウクライナが切り離せない関係にあるという認識は多くのロシア人が共有している。

この点は、私の親族の反応からも明らかだ。

私の妻はロシア出身で、ウクライナ東部に住む祖父母のことを心配して頻繁に電話をかけている。母方の祖母は、戦争の可能性に心を痛めて電話口で泣き出したことがあった。

多くのロシア人が妻の祖母のように苦悩している。ウクライナと戦争をするというのは、兄弟同士で殺し合うに等しいくらい胸が痛むことなのだ。

戦争はあり得ないと多くのロシア人が考えている理由の1つは、この点にある。それに加えて、ロシア人は、ウクライナを屈服させることが容易でないと考えている。

ウクライナの人々はソ連時代に、第2次大戦の「大祖国戦争」で多大な犠牲を払いつつも、ナチス・ドイツの侵攻と戦ったことを誇りにしている。もしロシア軍が侵攻すれば、ウクライナは勇猛果敢に戦うはず、というわけだ。

しかも、ウクライナ軍は欧米の支援を受けて軍事力を増強している。親ロシア派支配地域外にロシア軍が侵攻すれば、猛烈な抵抗を受けると、ロシアの人々は懸念している。

最終的にはロシア軍が抵抗を跳ね返して勝利し、目的を達するという自信はある。しかし、その過程で莫大な数のロシア兵の命が失われると恐れている人が多い。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米は依然最大の同盟国、EU外相が強調 トランプ政権

ビジネス

7─9月GDP2次速報、年率2.3%に下方修正 設

ビジネス

インド成長率、今年度は7%以上に 基礎的要因強く=

ビジネス

10月経常収支は2兆8335億円の黒字=財務省
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story