コラム

「普通の女性」たち

2018年12月27日(木)11時45分

From Anya Miroshnichenko @anyamiro

<主題は摂食障害。ロシアのアニャ・ミロシュニチェンコはなぜ、異様で、グロテスクとも言える世界を作るのか>

古今東西、多くの優れた写真やアート作品には、その作家のアイデンティティや所属、すなわち属性が深く絡みついてきた。それが時として、作品そのものを超える普遍的な価値を生み出すことさえある。

今回取り上げるInstagramフォトグラファーも、そんな才能の片鱗を持つ1人だ。アニャ・ミロシュニチェンコ、36歳のロシア人である。

テーマは、彼女自身がその障害を抱える神経性過食症だ(ブリミアとも呼ばれる)。あるいは、それと対をなす拒食症である。

この2つは実質上、同等のものだ。精神分析医の故ヒルデ・ブルックが言うように、「食欲の病気ではなく、人からどう見られるのかという自尊心の病理」だからだ。一般に――とりわけ女性に顕著だが――スリムでありたいという願望から、いや正確には、スリムでない女性は魅力がない、幸せになれないという強迫観念から来ている。

ミロシュニチェンコ自身、子供の頃から母親を通してそうした概念に接してきた。育った家庭は、美と若さを保とうとする母親の強迫観念を追求するシンボルであふれていたという。数え切れないほどの香水ボトル、化粧品、ドレス、下着、マッサージ器、脂肪燃焼器具......。彼女の母は整形もしていた。

成長してからも、メディアが奏でるハッピーな女性のイメージは、ほぼ常にスリムな女性と決まっていた。そうしていつの間にか、ミロシュニチェンコ自身も、そうでなければ幸せになれないという強迫観念に取り憑かれてしまったのである。

それが彼女を摂食障害にし、過食に走らせた。食べ、一定のラインを超えると今度は、自らの手や歯ブラシを口の中に突っ込み、胃の中の物を吐き出す。その繰り返しだった。今も完治していない。

セルフポートレートも含む作品の多くは、どこか異様な、時にグロテスクとも言える観念の世界だ。包帯で巻いた女性の顔の隙間から、生肉が覗いているように見えるポートレート(上写真)。あるいは、「切断」された顔。

ミロシュニチェンコの「普通の女性」シリーズには、何かに対する恐怖で口を開けたヌードや悪魔の仮面を被ったものもある。「普通」どころか、確実に何かに取り憑かれ、その匂いが見る者にまで飛び火してくるような世界だ。

もちろん、そうした写真を通して彼女が伝えたいのは、女性はスリムでなければ美しくない、幸せになれない、という通俗社会概念への反論だ。自らの身体をドレスのようにチェンジしようとする女たちへの、社会への警告だ。意図的に被写体の女性を不気味にして撮影しているのもそのためである。

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロ、ウクライナで戦略的主導権 西側は認識すべき=ラ

ビジネス

日経平均は続落で寄り付く、米株安の流れ引き継ぐ

ワールド

ロシア、新START延長巡り米の回答待ち=外相

ワールド

情報BOX:中国、軍事演習で台湾威圧 過去の海峡危
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 7
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story