コラム

米軍シリア空爆は、イスラム社会の反米感情を煽るだけ

2017年04月10日(月)13時00分

となれば、第一の問題も、第二の問題と同様、「反米」を強めることで終わってしまう。米国に期待する方も、米国の介入を嫌う方も、ともに「米国に被害を受けた」という記憶を抱く。つまり、米国が動けば、それだけでさまざまな対立が「反米」という一点に昇華されていくのだ。

実際、かつては「反米」がイスラーム世界の結束力となっていた。60年代のアラブ・ナショナリズムの全盛期、「イスラエルと米国がケシカラン」でアラブはまとまっていた。1979年、イラン革命が起きたとき、「シーア派の革命」として警戒心を抱いたアラブ諸国は多かったが、反面その反米革命主義に共鳴して、支持を表明したスンナ派政治勢力も少なくなかった。

だが、今の「反米」は、むしろ宗派間を分断する要因として機能している。興味深いことに、今角突き合わせているとみなされているスンナ派もシーア派も、ともに「米国と連座している」というロジックで、相手を罵っている。

【参考記事】ロシアは何故シリアを擁護するのか

シーア派は、スンナ派が米国と手に手を取ってシーア派を孤立化させてきた、と主張するし、スンナ派は米国がイラク戦争でシーア派の台頭を許した、と非難するのだ。「反米」が、目の前の敵対する宗派を攻撃することを正当化するのに利用されていると言ってもよい。

近年、スンナ派世界での反シーア派志向の高まりを分析した研究論文が多く発表されているが、その多くで指摘されるのが、イラク戦争以降のスンナ派社会の間での「追い詰められ感」だ。

スンナ派は、歴史的にずっとイスラーム世界の主流として、劣位を感じる経験はほとんどなかった。近代に入っては、イスラーム世界が西欧列強の植民地進出に浸食され、打倒され、現代にはそれを引き継いだ米国に圧倒されるという、「イスラーム社会」としての「追い詰められ感」があったが、それはスンナ派としてではなかった。

それが、イラク戦争でイラクにシーア派勢力主導の政権が出来、相対的にイランの影響力が高まり、「イスラーム社会」全体としてではなく特にスンナ派社会での「劣位」が顕在化した。「追い詰められ」の対象として、欧米の上に「イラン=シーア派」が加わったのである。

スンナ派社会のなかに、「欧米だけでなくシーア派によってスンナ派社会が追い詰められている」という被害者意識、だからこそ「シーア派に対して最後まで戦う権利がある」という意識が生まれてくる。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アラブ・イスラム諸国、ドーハで首脳会議 イスラエル

ワールド

イスラエル首相、トランプ氏に事前通知 カタール空爆

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story