最新記事

中東

ロシアは何故シリアを擁護するのか

2016年6月29日(水)17時37分
小泉 悠(未来工学研究所客員研究員)※アステイオン84より転載

「アステイオン」84号より


 論壇誌「アステイオン」84号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月19日発行)は、「帝国の崩壊と呪縛」特集。同特集の小泉悠氏(未来工学研究所客員研究員、本誌ウェブコラム『ロシアの「地政学」』でもお馴染み)による論考「ロシアにとっての中東――新たなパワーゲームへの関与」から、一部を抜粋・転載する。
 アラブの春、IS(イスラム国)の台頭、シリア内戦、イラン核合意......と激動の只中にある中東だが、その情勢は「ロシアを抜きにして語れない」と小泉氏。本論考では、今回抜粋するシリアだけでなく、イラン、イラク、エジプトとの関わりについても解説している。なぜ中東の石油に依存していないロシアが、中東情勢にこれほど介入するのだろうか。

◇ ◇ ◇

はじめに

 この文章では、激動の只中にある中東情勢をロシア側の視点に立って眺めてみたい。

 近年の中東情勢がロシアを抜きにして語れないことは周知のとおりである。ことにシリア内戦に関しては、膨大な軍事援助によってアサド政権を支えるとともに、二〇一三年には米英のシリア空爆を空振りに終わらせ、二〇一五年秋には直接軍事介入まで開始した。二〇一六年一月から始まったシリア和平協議でもロシアは大きな存在感を発揮している。

 だが、北方の大国であるロシアが何故、中東情勢に介入しなければならないのだろうか。ロシアは世界有数のエネルギー産出国であり、中東のエネルギー資源には依存していない。しかも大陸国家であるから物流の大部分は陸上を経由しており、シーレーンへの依存度も極めて低い。資源とシーレーンのために中東への大規模な関与を必要としてきた米国とは事情が大きく異なるのである。

 また、ロシアは常に中東情勢に介入してきたわけでもない。冷戦期のソ連は中東諸国や、その一部の親ソ分子に対して大規模な軍事援助を行い、あるいはキューバ人義勇兵をソマリアに送り込み、地中海には艦艇グループを常駐させるなど、大規模な軍事的関与を行ってきた。だが、ソ連崩壊後、ロシアが経済的苦境に陥ったことや、冷戦終結によって中東が米ソ対決の場でなくなったことなどにより、こうした関与は大幅に後退した。後述するように、ロシアの軍事プレゼンスが中東からすっかり消滅したわけではなかったが、その影が非常に薄くなっていたことはたしかである。そのロシアが二〇一〇年代に入って再び中東に復帰してきたのは何故なのだろうか。

【参考記事】復活したロシアの軍事力──2015年に進んだロシア軍の近代化とその今後を占う
【参考記事】独裁者アサドのシリア奪還を助けるロシアとイラン

 そして最後に、ロシアの中東への復帰は、ロシアにとって、あるいは中東地域全体にとって何をもたらすのだろうか。そこで起こることは、ロシアの目論見を満足させるものなのか、あるいはロシアにとって不首尾な結果に終わりそうなのか。また、ロシアのプレゼンスは今後も中東に留まるのか、あるいは一過性の現象を我々は見ているに過ぎないのか。

 冒頭で述べたテーマをより具体的に掘り下げるため、この文章では、以上のような問いを設定してみた。以下は、主に筆者が専門とするロシアの軍事政策の観点から、これらの問いに答えようと試みたものである。

ロシアの対中東依存度の低さ

 ロシアの中東に対する見方を理解する上でまず必要なのは、ロシアが中東に大きく依存しているわけではない、という点である。はじめに述べたように、この点が西側諸国とロシアとでは大きく異なる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も

ビジネス

EU、炭素国境調整措置を強化へ 草案を正式発表

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支

ワールド

戦略的互恵関係を推進、国会発言は粘り強く説明=日中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中