コラム

防衛費倍増の「コスパ」を考える10の計算式

2022年12月14日(水)14時00分

6)反撃能力と先制攻撃能力は物理的には同じであり、拡大すると相手国に軍拡の口実を与えることになる。また、同じ攻撃能力なら、アメリカ名義より日本名義の方が、「軍国日本の復活」という印象論から、相手国の感情的リアクションは倍増する。従って、相手国が軍拡を進める上での世論対策効果も倍増する。したがって均衡を維持するコストは、日本名義の方が不利になる。

この問題は、反戦イデオロギーだとか、いや自虐史観反対だとかいう左右対立を一旦捨てて、本当に冷静になって「コスパ」を考えてみることが必要と思います。この問題は、同様に軍拡を決断しつつあるドイツのケースとの比較をするのも良いかもしれません。

7)同じ素材、部品産業でも、防衛調達の恩恵に与れば売上は安定するし、何よりも各国の言語や文化に対応してB2C、B2Bの営業努力をすることは不要になる。だが、市場規模ではB2C>>B2B>>B2G(軍需を含む官需)であり、多くの産業が軍需になれば世界市場での競争力は下落する。軍需産業にはリターンがないし、同盟国しか市場にできないこともある。また民生品と違って軍需は機密の向こう側に隠されて競争原理も働かない。

8)装備品の日米共同開発というのは一見すると日本経済にプラスに見えるが、中長期的には大切な日本の現場ノウハウが米側に吸い取られることになりかねない。また、民生品の輸出にはGX(グリーントランスフォーメーション=環境負荷への対策)が必須となるが、防衛産業にはその縛りは間接的で済む。GDPの中で防衛産業の割合が増えると、その分だけGXを遅らせて化石燃料を炊いても構わないという話になり、原発の再稼働に向けた世論の説得から「逃げる」結果になりかねない。

東アジアの大局観が問われる

経済団体としては、今ここで更に防衛産業に依存を深めるかどうかは、本当に日本経済の中長期的な競争力を守る上での大切なターニングポイントになると思います。

9)現状の延長でマイルドな産業構造改革を成功させたとしても、最新世代の半導体や、電気自動車の基幹モジュールなどで、サプライチェーンの組み換えに乗じて、日本の製造業の再建を行うとか、同時に観光立国を継続するというだけでは、どう考えても高付加価値経済にはならない。そんな中で、防衛負担倍増と民生の向上が両立するかは、厳密な計算を要する。

10)軍拡競争に進むことは、中国の権威主義的政権運営への迎合になる。一方で、緊張緩和が実現して中国が自由経済に戻っていった方が、かえって中国の競争力が増大して日本には不利という計算も成り立つ。だが、中国がハードランディングに陥ると、東アジア全体が混乱し日本の被害は甚大となる。

これは経済というよりも、日本の国家観、あるいは21世紀中葉における東アジアに関する大局観の問題です。今回の倍増案は、そのレベルの見通しがなければ、とても判断できない課題と考えます。その判断をするのは確かに国民の責任だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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