コラム

日本の北方外交に必要な2つのこと

2022年05月11日(水)14時30分

アムール川のロシア側河畔から中国・黒河市の街並みを望む(2017年11月) Shamil Zhumatov-REUTERS

<日本の対ロ外交の一貫性は維持する一方で、同時に対話も切らさない粘り強さを持つことが重要>

ロシア・ウクライナ戦争を受けて、日本では安全保障に関する議論が活発化しているようです。この点に関しては、外務省OBの河東哲夫氏が、近著『日本がウクライナになる日』で示した方向性が1つの「デフォルト設定」になると思います。

つまり、日米安保を日本の軍事外交の基軸とするが、アメリカが極端な一国主義に傾く危険を計算して自力での防衛力は確保する、核武装や核シェアリングについては議論するがNPT(核拡散防止)体制は壊さない、現在の日本にとって「可能な選択の範囲」はそこにあり、その狭いゾーンを確実に守ることが日本の安全を確保するということです。

ウクライナ情勢を受けて、日本の外交と安全保障について考え直す際には、まず基本となる前提が確認できる一冊だと思います。

その上で、2つの論点を確認したいと思います。

1つは、旧ソ連時代から綿々と続いている日本の北方外交に関する原則です。河東氏は、本書の中では西側同盟を基軸とした外交を強調しています。そのために、あえて紹介はしていませんが、日本とロシアの外交というのは、現在のような戦時でも継続しているわけです。

そこで重要になってくるのが、絶対に譲れない「一貫性」ということと、同時に絶対に対話を切らさない「粘り強さ」ということだと思います。

外交方針の一貫性を維持する

今回、ロシア・ウクライナ戦争が進行する中でも、日本はロシアとの漁業交渉をまとめ上げ、サケマス漁業権の確保と、入漁料の減額を勝ち取りました。また、こうした外交チャネルを維持することで、知床沖の観光船遭難に際して不明者の捜索へのロシアの協力を引き出しています。

一方で、この2件が確認された上で、日本は石油の原則禁輸を通告しています。順序が異なれば漁業や捜索の問題で行き詰まった可能性もありますが、粘り強く対話のチャネルを維持し、一方で当方の一貫性をアピールすることもできていると思います。

北方領土交渉にしても、関係のいい時の渡航に関しては「日本の領土だからビザなしを徹底する」という原則は日本として曲げていません。漁業交渉にしても、「北方領土から200海里の範囲はロシア領海とは扱いを変える」という原則は一貫させてきています。どんなに交渉が難しくても、また理不尽な恫喝があっても、日本の北方外交はこの一貫性を曲げていません。その粘り強さということが、最終的に日本の安全を確保しているのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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