コラム

日本における核共有(シェアリング)の効果とコスト

2022年03月09日(水)14時50分

防衛省に配備された自衛隊のミサイル防衛システムPAC-3(2017年10月) Kim Kyung Hoon-REUTERS

<「核の傘」以上に抑止力が強化されるのか、その効果とコストを見極める議論は必要>

ウクライナにおける戦争を遂行する中で、ロシアのプーチン大統領はNATOへの威嚇として2月27日に「核抑止力部隊による警戒体制」を命令しました。もちろんこの行動を、アメリカのブリンケン国務長官は「核レトリック」つまり軍事上の「舌戦」に過ぎないとしています。3月1日に行った一般教書演説の中でバイデン大統領が、この点に一言も触れなかったのはこのためです。

一方で、日本では大きな反応がありました。核武装論などと並んで、かなり大きな声として出てきたのは「核シェアリング」構想です。難しいテーマですが、この機会に議論を行うのは良いことだと思います。

まず、日本が核シェアリングを行うというのは、NPT(核拡散防止条約)の枠組みの中で認めてもらわねばなりません。NATOの5カ国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコ)の前例があるものの、NPT交渉の時点ではNATOのシェアリングは秘匿されており、なし崩し的に既成事実化したものです。

そもそも、NPTの条文では「核保有国が非保有国に核兵器を供与」することは禁止されています。ですから米国が日本にシェアリングを行うと、常識的に考えると両国が脱退することでNPTの枠組みは崩壊する可能性が大きいわけです。ですが、それでも実現しようとするならば、これを避けながら加盟国との条約改定交渉で合意を取り付けて乗り切るという難しいプロセスを経なくてはなりません。本当にNPTが崩壊したら、地球全体が危機に陥って日本の抑止力確保どころではなくなるからです。

外交含めた有形無形の負荷

しかしNPTの問題が出てくるのは、日本が仮に決意したとして、その後の話です。そもそも決意するのかどうかを決めるには、シェアリングのコストと効果の見極めが必要です。コストとしては、NPT体制を維持しつつシェアリングを認めさせるという困難な外交プロセスに加えて、周辺国との外交関係調整の困難、日米における費用負担、日本国内における政治や社会の混乱といった有形無形の負荷を覚悟しなくてはなりません。

では、効果について考えてみます。つまり、現在の「核の傘」に比べて抑止力がどう改善するかということです。

まず、「傘」と「シェアリング」の違いとして、物理的な核兵器の場所が異なります。「傘」の場合は米国支配下のどこか、多くの場合は深海で任務に就いているミサイル原潜になります。一方で「シェアリング」の場合は、明確に日本領内ということになります。また「シェアリング」の場合は、その核弾頭は明確に日本に供与され、NATOの前例を参考にするのであれば有事においては日米の共同管理になります。

仮に日本が核攻撃の第1撃を受けたとします。その場合に核抑止力の理論としては、攻撃した国への反撃が行われることになっています。その場合に、「傘」には問題があります。つまり米国は、日本が核攻撃された場合、自国への核攻撃(第3撃としての反撃)を覚悟し、自国民を危険に晒してまで反撃(第2撃)をするかという問題です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

北・東欧8カ国首脳、EUの防衛強化訴え ロシアは「

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案拒否の公算 17日

ビジネス

FRBの追加利下げ、インフレリスク高める可能性=ア

ワールド

トランプ氏支持率39%に低下、経済政策への不満広が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story