コラム

アメリカ「国旗保護法」に見る、国旗を焼く行為と表現の自由の議論

2021年02月04日(木)15時30分

星条旗を上下逆にして人種差別に抗議するBLM運動のデモ隊(2020年11月) Bing Guan-REUTERS 

<19世紀からの民主主義の伝統を持つ国として、日本には「言論と表現の自由」を維持する責任がある>

1月27日は国旗制定記念日だということで、この日の前後から自民党内で「自国国旗の破損行為を罰するよう刑法改正を」という声が高まっているようです。その是非を議論するというのは間違いではありませんが、今は時期が悪いと思います。

その前に、この刑法改正論の根拠として、アメリカでも自国国旗の破却は違法だという解説がされていますが、正確ではありません。

確かにアメリカでは1968年に制定された「国旗保護法(Flag Protection Act)」という法律があって、星条旗の破却は違法とされています。ですが、この法律は1989年の最高裁判決によって違憲判断がされており、またこの判決を受けて行われた法改正も、改めて1990年に違憲判決を受けています。そのために法律の効力は事実上無効化されているのです。

この1989年と90年の最高裁の判断においては票決が拮抗する中で、保守派の故アントニア・スカリア判事が違憲判断をしたことが決め手となり、5対4で法律は無効化されました。そのスカリア判事は次のような発言を残しています。

「自分は星条旗の破却には反対だ。だが、星条旗の破却という行為については、建国の偉人たちが暴政に抗するために制定した憲法によってその権利が守られているのは明白である」

「政府批判」の権利は奪われてはならない

「自分が国王であったなら、自国国旗の破却などを国民に許すことはしないであろう。だが、我々には憲法修正第1条すなわち言論と表現の自由がある。そしてこの自由はとりわけ政府批判の権利としては絶対に奪われてはならない」

アメリカの法学生の多くはこの判例を学びます。そして、そこにアメリカの「国のかたち」を見いだすのです。ですが、当然のことながらトランプに代表されるような右派のポピュリストはこの判例を憎々しいと思っていました。国旗は国家の象徴であるとして、そこに自身の人格を重ねる種類の感情論からは、自国国旗の破却などというのは到底許し難い考え方だからです。

特に2020年夏にBLM運動が盛んになる中では、散発的に国旗の焼却行為が見られました。もちろん国家を全否定するのではなく、現政権や社会の現状への強い抗議という意味合いです。ですが、トランプは激怒して「国旗の破却は刑事犯として禁固刑と市民権剥奪をできるようにしたい」と述べて最高裁の判例を批判したのでした。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、次期5カ年計画で銅・アルミナの生産能力抑制へ

ワールド

ミャンマー、総選挙第3段階は来年1月25日 国営メ

ビジネス

中国、ハードテクノロジー投資のVCファンド設立=国

ワールド

金・銀が最高値、地政学リスクや米利下げ観測で プラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story