コラム

黒人有権者を完全に「反トランプ」の流れに一本化させたデモ制圧

2020年06月09日(火)17時45分

ジョージ・フロイド死亡事件への抗議デモは黒人差別反対運動の大きなうねりとなった Shannon Stapleton-REUTERS

<新型コロナ対策をめぐる保守とリベラルの対立で、これまで黒人世論は複雑に分裂していたが>

4月中旬に、ミシガン州デトロイトで始まった「反ロックダウン運動」は、トランプ大統領があおっていたり、ミシガン州のウィットマー知事(民主)への批判が込められていたりしたこともあって、白人保守派が中心という印象が強くあります。

確かに一部のデモ隊は「MAGA(「アメリカを再び偉大に」というトランプ陣営のスローガン)野球帽」をかぶったり、中にはナチスの旗や南部連邦の旗を掲げたりして、白人至上主義的な姿勢を取っていました。これに対して、南部の黒人は民主党支持が基本ですし、例えば黒人女性政治家であるアトランタ市のボトムス市長などは、トランプ派のケンプ知事の性急な経済活動再開に反対していました。

ですが、この反ロックダウン運動は、そう単純なものではありませんでした。このデモが南部に拡大する中では、アフリカ系の一部も合流していたのです。理由としては、サービス業や小売の現場で働く人や、黒人の商店オーナーなどは、ロックダウンが続くなかで一刻も早い経済再開を求めていたということがあります。また、髪型にこだわる生活習慣の中から、理髪店の営業禁止措置に対して反発するアフリカ系も一定数存在していたのです。

では、東北部の例えばニューヨークではどうかというと、ここでは黒人は貧困層を中心にコロナ危機の影響をダイレクトに受けていました。では、市長や知事が行った感染対策が徹底していたのかというと、意外な反発があったのです。それは、黒人の一部から「公共の場でのマスク着用」について「罰則を伴う強制」には反対という声でした。

保守派の根深い「反マスク思想」

どういうことかというと、黒人の特に男性の場合は「マスクをしていると危険人物だと誤解されて警官の暴力を受ける可能性がある」というのです。問題の深刻さを理解したニューヨークのデブラシオ市長は、直ちに警察力によるマスク着用の強制を緩める措置を取りました。

マスク問題ということでは、中西部の白人には強い拒否感があります。「病人のように、弱い人間に見える」とか「怪しい人物として撃たれて(もしくは撃って)しまいそう」ということもありますが、要するに「個人の自己決定権を侵害するな」ということのようです。

実は、この反マスクというのは長い伝統があり、1918年にスペイン風邪のパンデミックが起きた際に、サンフランシスコを中心とした西海岸では「アンチ・マスク同盟(リーグ)」という団体が結成されて、ロックダウンに反対し、その象徴として「マスクを拒否」していたのでした。

ちなみに、トランプ大統領とその側近がテレビのカメラが回っている場所では絶対にマスクをしないのは、こうした「アメリカ保守の根深い心情」を計算しているからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story