コラム

匿名高官のトランプ批判、犯人捜しに躍起になる政権の異常さ

2018年09月11日(火)19時00分

そこで考えられるのが国務省です。現政権のドタバタで一番振り回されているのは事実で、アメリカという国の外交方針をほとんど破壊されている、そんなフラストレーションが蓄積しているのではないでしょうか。

辞めたティラーソン前国務長官も考えられますが、今回の告発状はあくまで「現役」のしかも「政府高官」ということになっているので該当しません。

ではその高官が誰かというと、ここからはあくまで私見で、思考実験の材料とお考えいただければというレベルですが、ニッキー・ヘイリー国連大使あたりが、色々な条件を満たしている人物として浮上するように思います。もちろん彼女もとっくに疑われており、疑惑に対して「自分ではない」という否認をしていますが、聞かれて「はい私です」などと言うぐらいなら匿名告発などしないでしょう。

何故ヘイリーと考えられるかと言うと、3つ理由があります。1つは、国連大使としての彼女の言動は、この告発状に極めて類似したものだからです。つまりブッシュ、オバマ時代からのアメリカの基本的な外交方針から、できるだけ逸脱しないように動く一方で、大統領から降って来た方針については拒否しないと言う、まさに告発状が触れているように、ギリギリの努力をしていたフシがあるのです。また国連という多国間外交の場こそ、西側陣営の結束を壊されてはやりにくいわけで、このぐらい言ってもおかしくないストレスを溜めている可能性はあります。

2つ目は、そのスタイルです。サウスカロライナ州の知事として、例えば大論争となっていた「州庁舎からの南部連邦旗の撤去」などを、慎重に進めた手腕はなかなかのものがあり、今回の告発状が秘めているような静かな闘争心が感じられるからです。また、相当なインテリでもあり、告発文の文体とイメージが重なります。

3つ目は、「バレたとしても損をしない」可能性です。国連大使というのは、大統領とは適度な距離があります。ですから、表面ではイエスと言いながら、影で告発文を書いていたとしても、ホワイトハウス詰めのスタッフと違って、「露骨な面従腹背」という感じにはなりません。また、今後、大統領が失脚していく場合には、ヘイリー大使の場合は「ペンス政権の副大統領」あるいは「国務長官」ポストを狙っている可能性があり、その場合に、露見の仕方では「株が上がる」可能性もゼロではない、そんな立ち位置にいるのです。

ただ、可能性としては彼女の単独ではなく、例えばハンツマン駐露大使、ティラーソン、リンゼー・グラム上院議員(共和党)などと示し合わせての「密謀」、あるいは亡くなったジョン・マケイン議員の弔い合戦的な意味合いもあるのかもしれません。

以上はあくまで思考実験ですが、一番大事なのは、告発状の主が誰かということではなく、トランプ大統領とその周辺が犯人探しに躍起となることで「呆れるほどの動揺」を見せていることです。これは深刻な事態です。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story