コラム

高等教育無償化の定着には、成功事例のモデルが必要

2018年07月03日(火)17時45分

制度は経済的理由で進学をあきらめる実態をなくすために導入される gong hangxu/iStcok.

<大学など高等教育の無償化については、大都市と地方で教育事情がかなり違うことを勘案し、成功事例モデルを想定して実施することが成果のカギに>

2020年から高等教育の無償化がスタートします。現在までに報じられているところでは、住民税の非課税世帯(4人家族の場合で年収270万)以下の場合は、国立大の場合年間50万円、私立の場合は年間70万円、さらに生活費相当分も支給ということで、年間の補助額は100万円に達する場合も考えられるそうです。

この制度ですが、経済的な理由から大学進学を諦めたり、あるいは卒業後に巨額な学生ローン負債に苦しんだりするケースの救済はできるでしょう。また、制度が上手く回り始めれば、教育費を心配して「2人目をあきらめる」というケースが減り、出生率にプラスになるかもしれません。

その一方で、下手をすると学力、学習意欲の乏しい学生や、そのような学生が集まる教育機関に補助が流れ、結果的に学士号が職に結びつかず、巨額な予算が使われても学生本人が最終的に不幸になるだけという展開も考えられます。

では、どうしたら成功事例を作って行くことができるか、この点に関しては、都市部と地方に分けて考えることが必要だと思います。

まず都市部では、特に首都圏がそうですが、受験して入学する私立や公立の一貫校が成績上位者を根こそぎ持っていっている関係もあり、公立中学の平均的な教育レベルは相当に下がっています。一貫校への入学は、塾の授業料が負担できる家庭に限られ、経済的な困窮層の場合は自動的に公立中学へ行き、その段階でも塾に行けないとなると学力は基礎止まり、高校も俗に言う「底辺校」ということになります。

都市部、特に首都圏の場合、今回の「無償化」はそうした層にも大学進学の道を開くことになります。ですが、仮に現状のような教養教育中心では、高校卒業時までに十分な学力を習得できていない層に4年間で「フルタイム正規雇用」に耐えられるだけのスキルを与えることができるかどうかは、相当な工夫をしなくてはダメだと思います。

一部には、こうした層をターゲットに成績を甘くして学位を乱発するような悪質な学校法人が登場し、「貧困ビジネス」さながらのマネーゲームをするのではという懸念がありますが、何もしなければ、残念ながらそのような事例も出てくるでしょう。ただし、学士号が何の役にも立たないということが明らかとなれば、そのような大学は淘汰されていくと思われます。

また、今回の制度では大学だけでなく専修学校なども対象になるということで、実際には「無名の大学」よりは、観光業や、事務仕事、専門技術などの「職業訓練」になるような専修学校がチョイスされる可能性もあります。その場合も、仮に経済的な補助が投入されるのであれば、それに見合う質と成果を目指して行くことが必要です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、消費促進へ新計画 ペット・アニメなど重点分野

ワールド

米の州司法長官、AI州法の阻止に反対 連邦議会へ書

ビジネス

7-9月期GDPギャップ3期ぶりマイナス、需要不足

ワールド

韓国前首相に懲役15年求刑、非常戒厳ほう助で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story