コラム

オスカー受賞式で飛び出した、映画制作上の公正さ「包摂条項」とは何か?

2018年03月08日(木)15時47分

主演女優賞のマクドーマンドの受賞スピーチはパワフルだった Lucas Jackson-REUTERS

<主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドは受賞スピーチで、女性やマイノリティが制作プロセスに「公正に」参加できるよう求めた>

1月のゴールデングローブ賞授賞式が「#MeToo」と「#timesup」というメッセージで貫かれ、女性だけでなく男性参加者もほぼ全員が黒い衣装で参加したのは記憶に新しいところです。特に、女優でテレビ司会者のオプラ・ウィンフリーの演説は、会場を総立ちにして「彼女を2020年の大統領候補に」という待望論を巻き起こすことにもなりました。

これと比較すると、3月4日のアカデミー賞授賞式は、全体として政治色を抑制していたのは事実だと思います。例えば、司会のジミー・キンメルという人は、トランプ大統領が就任以来ずっと自分の番組「深夜のトークショー」で大統領への批判を続けてきた人ですが、今回はほとんど封印していました。また今回は、参加者の衣装も黒一色ではありませんでした。

ですが、女性の権利をアピールするために特別に設けられたコーナーでは、女優のアシュレイ・ジャッドなどがあらためて「#MeToo」と「#timesup」の精神を訴えていましたし、受賞者の間では、メッセージ性のあるスピーチが目立っていたように思います。

その中でも話題になっているのは「スリー・ビルボード(原題は "Three Billboards Outside Ebbing, Missouri")」で主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドです。彼女は、スピーチの途中で受け取った「オスカー像のトロフィー」を床に置き、会場の女性たちに立ち上がるよう呼びかけたのでした。

その上で、「私たち(女性たち)には表現したい物語があって、そのために、制作資金が必要なんです。その点について、今晩のパーティーでその話をするのでなく、別の日に私たちをオフィスに呼んで下さい。あるいは、私たちのオフィスに来てください。」というメッセージを口にしたのです。

要するに、自分たち女性には、役者であろうと、監督、脚本家、撮影監督、美術、メイク、エディター、音響技師、デザイナー......それぞれが「(セクハラが暴露されたワインスタインのような)男性プロデューサーの企画の道具ではなく」、自分たちの企画を実現するだけの権利が与えられるべきだということを訴えたのでした。

その上で、「今夜、この席で最後に申し上げたいのは2語(ツー・ワーズ)」だとして、「inclusion rider(包摂条項)」 という言葉を残したのでした。この「包摂条項」というのは、聞き慣れない言葉ですが、正確に説明するのであれば、撮影などの仕事の環境においての「包摂(inclusion)」つまり多様な人々の公正な参加を求めるという、「条項(rider)」の追加を要求し、その権利を確保しようというものと言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

WTO意思決定改革、来年3月閣僚会議での合意困難と

ワールド

トランプ氏、国民向け演説で実績強調 支持率低迷の中

ワールド

ブラジル前大統領の刑期短縮法案、上院も可決 ルラ氏

ワールド

米、新たな対ロ制裁準備 プーチン氏が和平合意拒否な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story