コラム

オスカー受賞式で飛び出した、映画制作上の公正さ「包摂条項」とは何か?

2018年03月08日(木)15時47分

具体的には、どういうことかというと「出演者やスタッフに関して、女性やマイノリティを全体の50%以上採用してほしい」とか「作品の舞台になった土地の『人種構成比』を反映してキャスティングをして欲しい」といった「条項」を入れるということです。

パーティーの席上で「今度、キミをキャスティングするよ」といったプロデューサーなどによる一方的な「交渉」でなく、事務所で対等の交渉を行いたいというのは、こうした条件交渉も必要になるからというわけです。

このマクドーマンドの主張ですが、別に昔の社会主義国のように形式的な権利を振りかざそうというのではないと思います。もちろん映画産業における女性やマイノリティの地位の向上は「タイムズ・アップ(もう猶予はない)」だという主張は入っています。

ただ、それだけではなくて、例えば「明らかに女性の位置付けが重要な作品であるのに、セリフのある役は圧倒的に男性が多い」とか、「アジア系の人々の物語なのに、観客の見知った俳優をキャスティングすれば売れると考えて、白人に役柄を変更している(いわゆるホワイト・ウォッシュ)」などと言った、作品の質を損なうような、従って出演俳優の表現のクオリティを下げ、映画全体のメッセージ性を弱めるような制作側の判断に対して「異議」を唱えるということでもあります。

マクドーマンドのようなパワフルなスピーチが飛び出した背景には、今回の授賞式では「スピーチへの厳しい時間制限」が緩められていたことがあるかもしれません。その代わりに、「最も短いスピーチをした人に豪華賞品(ジェットスキー)」を出すという仕掛けをするという粋な配慮もあり、全体はダラダラと長びくことはない一方で、自由な雰囲気の授賞式になったのだと思います。

マクドーマンドだけでなく、女性の監督や撮影監督にもスポットライトが当てられた一方で、政治色を前面には出さず、大統領批判なども抑制することで、かえって「時代を先へ進める効果」はあったように思います。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユニクロ、6月国内既存店売上高は前年比6.4%増 

ワールド

フォルドゥの核施設、米空爆で「深刻な被害」=イラン

ワールド

トランプ氏とCBS側和解、米大統領選前の放送巡り 

ワールド

サウジ原油輸出、6月急増し1年超ぶり高水準 供給途
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 8
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story