コラム

ようやく開業にこぎ着けた北海道新幹線の今後の課題

2016年03月31日(木)19時50分

 さらに初夏から夏・秋の「北海道の観光シーズン」へ向けて乗客数が手堅い推移をするようであれば、ダイヤの見直しや「ライナー」の全面6両化などを行い、それでも「嬉しい悲鳴」が続くようなら、七飯までの複線化を真剣に検討すべきと思います。

 2番目は、厳冬期への準備です。今回の開業は、通常は「3月第2週」であるJRグループのダイヤ改正を2週間遅らせて、3月下旬にしたわけですが、とにかく「本格的な降雪」を避けて開業したいという目論見があったわけです。結果的には上手く行ったわけで、厳冬期対策の準備には今後7カ月の猶予が与えられた形となりました。この間に、しっかりと準備をしなくてはなりません。

 具体的には、本年の1~2月にJR北海道が行った「新幹線の冬期総合検証」では、ポイントが凍結して不転換を起こすという事象が14例報告されています。これは、やはり大変な問題であり、これまでも多重的な対策を講じてきたのですが、暖かい季節の間にさらに対策を一歩進めておかなければなりません。

 3番目は「高速化」です。現在は、貨物列車との「すれ違い時の気圧変動問題」から、新幹線の青函トンネル内の最高速度が140キロに抑えられていますが、これでは、トンネル通過に25分もかかってしまうわけです。ですから、2030年度に予定されている札幌延伸時までには、この速度規制の問題をクリアすることは必須です。

 現在の青函トンネルは貨物の大動脈となっており、これを止めることはできません。そんな中で、安全を確保しつつ新幹線のスピードアップを図るというのは、大変な難題です。まずは、2年後までに「貨物の走らない時間帯」を設けて、一日の数便だけ「速達型」を走らせるという構想がありますが、これも前後の安全確認の体制などノウハウとしては完全に確立されたものではありません。

【参考記事】「ディーゼル特急を守れ」、JR北海道のギリギリの闘い

 筆者は、新幹線車両で青函を4回通りましたが、長大な貨物列車とのすれ違い時には相当な轟音が発生しましたし、断面積の大きな新幹線同士のすれ違い時には、在来線の「スーパー白鳥」時代には感じられなかったような横方向のショックを感じました。(もちろん、東海道をはじめ、これまでの新幹線のトンネルではいくらでも起きていることで、安全性には何の問題もありません)

 まったく主観的な印象ですが、140キロではまったく不安感はないものの、これを260キロまでスピードアップさせる場合には、「安全なすれ違い」技術を積み上げていかなくてはならないということは、実感させられました。

 そんなわけで、今回の開業の成功は、到達点ではなく「課題解決へのスタート」だとも言えます。そうした課題を一つ一つ乗り越えて行くことで、寒冷地における高速鉄道や、貨物と高速鉄道の混在という問題に関する、日本の鉄道技術の蓄積がされていくことを期待したいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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