コラム

「ディーゼル特急を守れ」、JR北海道のギリギリの闘い

2013年09月05日(木)13時18分

 ここニュージャージー州をはじめ、ニューヨークからマサチューセッツなどの米国北東部では、夏というのは道路工事の季節です。あちこちで、路面をはがして再舗装する作業が続いています。というのも、12月から1月には大雪が降ったり、気温が摂氏で氷点下10度を下回る中で、路面が凍結を繰り返す中で数年で舗装がガタガタになってしまうからです。

 そうした工事区間を通りながら、私はJR北海道のことを考えていました。実はJR北海道が現在置かれている苦境というのは、ここ米国東北部のガタガタの路面と、ある意味で重なるものがあるからです。

 そのJR北海道の特急列車では、ここ数年、発煙や発火の事故が多数発生していることから、11月にはダイヤ改正を行って、特急の最高速度を時速130キロから110キロに減速するという発表がされました。

 日本の鉄道技術、特に安全対策は世界最高水準であるのに、どうして北海道だけ事故が頻発するのでしょうか? また、そもそもローテクであるはずのディーゼル車の保守がどうして難しいのでしょう? 高速化・高性能化という流れに逆らうような「減速措置」というのはどうして必要なのでしょう? 仮に危険があるのなら、どうしてすぐではなく11月から減速するのでしょうか? というように色々と疑問が湧くのですが、実はこうした点の背景にはJR北海道が置かれている苦境の構造があるのです。

 まず、どうして北海道だけで事故が起きるのかということですが、そこには3つの理由があります。1つは、「非電化」ということです。ほとんどの幹線が電化されておらず、ディーゼル車を走らせているという問題があります。では、どうして電化しないのかというと、広大な土地でありながら札幌に極端な一極集中をしている北海道では、幹線と言っても電化はコストに見合わないからです。

 ですから、長距離の高速特急もディーゼルで対応しなくてはなりません。実は、このようなディーゼル高速特急列車というのは、世界でも珍しい存在です。非電化区間の長距離特急というのは基本的にはディーゼル機関車が客車を牽引するというのがほとんどで、JR北海道のような原動機を多くの車両の床下に備えたディーゼル特急列車は珍しいのです。

 ここに第2の問題があります。それは「高速化」という使命です。どうして機関車による客車の牽引ではダメなのかというと、速度を出せないからです。北海道という広大な土地、そして高速道路や一部の格安航空との競合などを考えると、JRのセールスポイントは高速化しかないわけです。

 そこで時速120キロとか130キロというレベル、しかも加減速性能もあって乗り心地も良いという性能を満たすには、ディーゼル特急列車というチョイスしかないということになります。そのように「世界的にも珍しい」存在であるために、JR北海道は高速型のディーゼル特急列車の開発、製造、保守の多くの部分を自前で行わなくてはなりませんでした。その技術は基本的には優れたものです。車体を自動的に傾斜させてカーブを高速で通過できる「振り子方式」をはじめ、旧国鉄時代から継承してきた技術は大変にユニークなものなのです。

 第3の問題は、「厳寒期の過酷な環境」です。ここ数年、JR北海道で起きた事故に関しては、金属疲労が原因であることが多いようです。そう聞くと「老朽化した列車を『だましだまし』使っている」という印象を与えますが、違うのです。今回の事故の多くは、過去2回の冬、つまり2011年から12年の冬と、12年から13年の冬が2回連続して大変に厳しかったということに起因していると思われます。

 特にこの2回の冬は、北海道全道の異常低温、強風を伴う暴風雪など大変に過酷な気象条件が続きました。その度に、ディーゼル列車の動力機構は非稼働時には極低温に、稼働時には内燃機関の熱で高温にという温度変化を繰り返したことになります。また、軌道に埋め込まれた砕石(バラスト)の隙間に氷ができて、バラストがうまく振動を吸収できず、車両の通過時にはバラストと氷が舞い上がって車両の基本的な部品を損傷するという現象も起きています。

 函館本線にしても、石勝線と根室本線にしても、あるいは宗谷本線にしても、限られた経営資源の中で、何よりも過酷な冬季の気象環境の中で、世界でもユニークな「振り子ディーゼル特急」を守ってきた、しかも最高時速130キロという運行をしてきたということ自体が、大変な「闘い」であったわけです。

 今回の減速措置というのは、ですから11月以降の厳寒期において車両の損傷を抑えるための措置なのです。直ちに減速するほどの危険はない一方で、次の厳冬期にはとにかく車両の傷みを少なくする、そのことで向う数年間の安全運行をより確実なものにするための苦渋の措置ということが言えると思います。

 というのは、2016年3月に北海道新幹線の新青森=新函館間が開通するからです。この時点で、JR北海道としては新函館を新たな始発駅として、新幹線に「リレー」する形で多くの特急列車を再編することになると思います。このタイミングを目指して、より安全で省エネタイプの新型車両を投入したい、そうした構想がJR北海道にはあり、そのためにも現有車両で残り3回の冬を乗り切って行かねばなりません。今回の「減速運転」の背景にはそうした問題もあります。

 今回は、緊急事態ということで、JR東日本が技術支援に入っていますが、勿論、巨大な上場企業として本来の意味でのコンプライアンス、そして安全基準ということでは、JR北海道はJR東日本に学ぶことは沢山あるでしょう。ですが、ここまで過酷な自然環境と経営環境の中で「苦闘」してきたということについては、JR東日本の技術者もJR北海道に学ぶことも多くあるはずです。

 JR北海道の現状に関しては、当事者としては弁解の余地はないのかもしれません。公共交通機関として、特急列車からの発火や発煙といった事故は絶対に許されるものではありません。また、その背景にある技術の伝承など「人災」という面があるのも事実です。

 ですが、過酷な自然、とりわけ厳冬期の厳しさということ、過度の札幌一極集中とその他地域の過疎化、高速バスや格安航空会社との過度の競合、そして余りにも先見性に欠けた分割民営化のスキームなど構造的な要因を考えると、私としては、どうしても応援をしたくなるのです。

 凍りついた列車の行き交う真冬の札幌駅で、ゴォーッという暖機運転の音と微かなオイルの焦げる香りを漂わせた『スーパー北斗』に乗り込んだときの何ともいえない「ぬくもり」。トマムから占冠(シムカップ)を通って鵡川(むかわ)の谷を新夕張方面に右に左に「振り子」しながら走り抜ける『スーパーおおぞら』の「疾走感覚」。この北国の鉄道文化を、何とかして守って行っていただきたいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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