コラム

天才的なヒラメキとともに躍動する姿を見せ続けた......長嶋茂雄の愛された時代

2025年06月04日(水)14時30分

ジャイアンツ監督時代の2000年、日本シリーズに勝利して銀座での優勝パレードに参加した長嶋茂雄氏(左端) REUTERS

<野球だけでなく表現者としても稀有な天才の訃報で、日本の高度成長という時代は完全に過去のものに>

野球選手で後にジャイアンツの監督でもあった長嶋茂雄氏の訃報に接しました。1つの時代が終わったというよりは、ある時代が一気に遠ざかるのを感じます。長嶋茂雄という人が多くの日本人に愛された時代、それが遥かな過去へと消えていったのです。長嶋氏のプレーに魅了されて野球というスポーツに親しんだ世代としては、深い感慨を禁じ得ません。それとともに、この機会にあの時代を振り返ってみたい、そんな気持ちも強く感じます。

長嶋氏の現役時代、つまり1958~74年というのは、まさに日本が高度成長を続けた時代でした。高度成長というと、それこそ日本国民1億人が馬車馬のようにブラック労働をしていたようなイメージがあるかもしれませんが、実は全く違いました。

そこには、今では信じられないような余裕があり、また人々の言動にも自由度がありました。お笑いバンドのクレージーキャッツは「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」という映画や、酒やギャンブルや女性に流される男を描いた「スーダラ節」という歌をヒットさせていました。笑いのノリが今と違うだけでとも言えますが、実際に当時の日本人の勤務状態は平成期のようなブラックなものではありませんでした。


明日は今日より良くなる

その証拠に、長嶋選手の出場するジャイアンツの公式戦の中継は、多くの場合は夜7時から9時の枠で地上波中継されて高視聴率を稼いでいました。大都市圏を含む普通の勤労者が仕事を終えて自宅に戻り、この時間帯の野球中継を見ながらビールを一杯というのが可能な時代だったのです。そのうえで全ての人が、明日は今日より良くなるということを信じ、またそれが実現した時代でもありました。

長嶋氏のプレースタイルもそうした時代の雰囲気を盛り上げていました。時にはヘルメットを飛ばすような豪快な三振をすることもあれば、試合の要所ではアメリカで言う「クラッチ」つまり極めてチャンスに強い打撃を誇っていました。公式戦の大詰めで、あるいは日本シリーズで長嶋氏が何度も見せたドラマチックな打撃は、当時の人々を魅了しました。そこには単に勝利を呼び込んだだけでなく、表情から挙動の全てが劇的であり、自由な躍動が感じられたからでした。

74年に現役引退し、すぐに監督業に移動した後もその躍動するイメージは続きました。直感的な造語を含む、独特の発言の数々、そして要所ではマジックのように決まる采配に、野球ファンは現役時代のプレースタイルを重ねて見ていたのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏 、 ホルムズ海峡に多くの国が軍艦派遣と

ビジネス

イラン情勢注視続く、FRB金利見通しも焦点=今週の

ワールド

イスラエル、レバノンと数日内に協議へ ヒズボラと戦

ワールド

北朝鮮の金総書記、多連装ロケット砲の発射訓練視察=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目のやり場に困る」衣装...「これはオシャレなの?」
  • 3
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革命をもたらす「新世代ドローン」とは?
  • 4
    機内で「人生最悪」の経験をした女性客...後ろの客の…
  • 5
    イラン攻撃のさなか、トランプが行った「執務室の祈…
  • 6
    ファラオが眠る王家の谷に残されていた「インド系言…
  • 7
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 8
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 9
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 10
    「筋肉はモッツァレラと同じ」...なぜウォーミングア…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 8
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story