コラム

「イスラム教徒の入国禁止」を提案、どこまでも調子に乗るトランプ

2015年12月08日(火)16時00分

 トランプはこの事件を受けて、「遂に」と言うべきでしょうか、決定的な発言を行っています。それは、7日月曜に飛び出したコメントで、「当局が事態を把握するまでの当面の間、すべてのイスラム教徒のアメリカ入国を拒否すべきだ」と発言したのです。シリアなどの難民だけでなく、移民だけでもなく、観光や商用を含めた全てのイスラム教徒の「入国を拒否すべき」だというのです。

 これまでにもトランプは、「アメリカ国内のイスラム教徒は全員登録させてデータベース化する」とか「すべてのモスクには監視体制を整備する」といった極論を口にしてきましたが、今回はさらに次元が違うものだと言えます。

 なぜトランプは「ここまで極端な発言」を平気で口にするのでしょうか?

 2つあります。まず1つ目は、先ほど申し上げたように、こうした発言については、一部のアメリカ人は「言いたいけど、言ってはいけない」という自制をしているわけです。確かにそれが「政治的正しさ」だからです。ですが、「ホンネとしては言ってみたい」という感覚を持っている人からすれば、「本当に口にしてしまう」トランプはヒーローになってしまうのです。

 2つ目には、こうした発言に関しては例えばメディアは反発していますし、おそらくは多くの政治家から「それはマズイだろう」という発言が出ると思います。ですが、そうした「トランプ批判コメント」を発すると、保守層に向けては、その人は、あるいはそのメディアは、「イスラム急進主義者に甘い」とか「テロの危険に対して鈍感」というイメージを植え付けることができるのです。

 過去にはメキシコ系移民を巡る論戦で、例えばジェブ・ブッシュの勢いを潰すなど、同じ「やり口」で成功してきたトランプです。今回もそうした計算でやっているのだと思います。

 いずれにしても、「あらゆるイスラム教徒の入国を禁止する」などという極論を吐かれては、民主党サイドとしては黙ってはいられないでしょう。例えばトランプは、「オバマもヒラリーも『イスラム急進主義者(ラジカル・イスラム)』という表現をしていない。この人達は怪しい」というようなことを言ってきているわけです。これに対してヒラリーは「アメリカ人にイスラム教徒を差別させて、アメリカをより悪玉に追いやるのではISILの術中にはまるだけ」という鮮やかな反論をしています。ですが、こうした「少し考えないと分からない」種類の反論では、これまではトランプ旋風を止めることはできてはいません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story