コラム

アメリカはどうしてシリア攻撃に踏み切ろうとしているのか?

2013年08月29日(木)12時37分

 先週21日に「アサド政権は自国の反政府勢力に対して化学兵器を使用した」というニュースが報じられたのを受けて「シリアへの介入論」が高まっています。今日(8月29日)から翌30日にかけて、アメリカが攻撃を開始するという説も相当に濃厚になっているようです。

 アメリカは、アフガンとイラクの戦争で大苦戦を強いられると共に、国が大きく傾くほどの経済的なダメージを受けました。これを受けて、国民の間には強い厭戦気分があります。また、9・11以降続いていた、自国の安全のためには手段を選ばずという本能的な心理も消えています。

 何よりも現在のアメリカは2008年9月の「リーマン・ショック」以来の不況をようやく脱しつつある中で、「軍事費を聖域とはせず」という方針で国家財政の健全化に取り組んでいる最中でもあります。

 そうした時代の流れの中で、アメリカの世論は今回の「シリア攻撃」を支持はしていません。一部の調査によれば、9%の支持しかないという報道もあります。2016年の有力な大統領候補と言われている、ランド・ポール上院議員(共和党)は議会決議なき開戦には強く反対するという声明を発表して、大統領への非難を強めています。

 では、そのような状況下でありながら、どうして難しいとされるシリアへの介入に踏み切らざるを得ないのでしょうか? 3つ大きな理由があります。

 1つは、化学兵器の使用という問題です。現時点では国連の調査団が入ってはいますが、その調査団への銃撃などもある中で十分なデータは集まっていません。ですが、とにかく「WMD(大量殺戮兵器)」の使用というのは重大な国際法違反であり、国際社会として何らかの懲罰が下されなければならないというのは、アメリカの強い方針なのです。

 例えば、ブッシュは「フセインはWMDを手にした」という理由でイラクに侵攻しています。オバマをはじめとする民主党はこれには批判的でしたが、それは「WMDはなかった」という観点に基づくものであり、仮に「WMDが実際に使用された」という場合に「それでも介入しない」という選択肢は、基本的にはアメリカにはありません。

 実際に「WMDは使われたがアメリカは何もしなかった」という事例を作るということは、例えば核開発を続けるイランや北朝鮮、あるいは非合法的に核を所有しているとされるパキスタンやインド、更にはイスラエルなどへの「絶対に使ってはならない」というプレッシャーが「無効」になることを意味します。世界の安全保障の秩序が崩れてしまうのです。

 今回の件は、シリアの背後に存在するロシア、そしてロシアに追随する中国が拒否権行使を行う可能性が濃厚であり、国連安保理の「お墨付き」を得ての軍事行動ということにするのは困難です。従って、枠組みとしてはNATOを前面に出すことになります。いずれにしても、WMDの使用が事実であれば、アメリカは「動かざるを得ない」のです。

 第2の理由は、地域の情勢です。シリアのアサド政権の背後では、ロシアが公然と支援を行っており、更にはイランが支持をしています。化学兵器を使用したという事実が判明したとして、アメリカがこれを静観するということは、この地域におけるロシア、あるいはイランの態度に対して、間接的に屈服したことになるのです。

 イランとの間では、核開発の問題、イスラエル敵視の問題ということで、長年の確執を続けてきたアメリカです。ここで弱みを見せることはできません。また、ロシアに関しては、人権問題での激しい応酬を続けてきただけでなく、最近ではボストンでのテロ事件を巡る駆け引き、そしてスノーデン亡命事件と暗闘を続けています。そうした文脈の中に、今回の「化学兵器の使用」という事件を置いてみると、やはり静観はできないということになります。

 第3の理由は、2期目に入ったオバマ政権として新体制となった軍事・外交の責任者たちの「真価が問われる局面」だということです。具体的には、ジョン・ケリー国務長官、チャック・ヘーゲル国防長官、スーザン・ライス安保特別補佐官、サマンサ・パワー国連大使という新任4名です。

 この4人には、対シリアに関して「積極的」になるそれぞれ個人的に強い理由があります。まずケリー国務長官ですが、彼は国務長官就任に当たって「中東和平」を大きなテーマに掲げると言っている手前、この地域での米国の主導権維持は重視しないわけには行きません。

 次にヘーゲル国防長官ですが、基本的に彼は「軍事費のコストダウン、ただし必要な場合は隠密作戦で」というタイプですが、対イラン政策が「弱腰」だという批判を浴びたという「過去」があります。ですから、今回は「決して弱腰ではない」という姿勢を見せたいようで、積極的な姿勢を見せています。

 ライス補佐官(コンドリーザ・ライス氏とは別人のスーザン・ライス氏)に関しては、もっと大変です。彼女は国務長官の椅子を狙っていたのですが、国連大使時代に「ベンガジでのアメリカ大使館襲撃」の直後に「デモ隊の延長での偶発的な事件」だという見解を示したことが「認識が甘く不適切」だということで問題になり、共和党の執拗な攻撃の前に「国務長官の座を断念した」過去があるのです。彼女の場合も、「保守派からの汚名返上」を狙って強硬策に乗りたい口でしょう。

 極めつけはパワー国連大使です。彼女の場合は「世界における虐殺(ジェノサイド)を防止するアメリカの責務」というトピックを個人的なテーマに掲げてハーバードのケネディ・スクール(行政大学院)で論陣を張ってきた人で、過去のバルカン半島の問題や、リビアの問題でもアメリカの積極的な関与を強く主張してきた人です。今回のシリア情勢というのは、そのパワー大使の「個人的なテーマそのもの」だと言えます。

 最後に「何故、今なのか?」という問題ですが、オバマ政権は「エジプトのモルシ政権崩壊」という事態を待っていたフシがあります。仮にシリアが西側の攻撃への報復として、本格的にイスラエルへの侵攻を行った場合、エジプトに「反イスラエル」のモルシ政権が存在するようですと、イスラエルの「挟撃される恐怖心」が暴走して大変ことになる危険があったわけで、その要素が軽減されているということが「今」まで待っていたことの理由だと考えられます。

そんなわけでオバマ政権は相当に「ヤル気」になってきているのですが、カーニー報道官がいみじくも語っていたように今回の動きは「アサド政権の交代を狙ったものではない」というのはホンネだと思います。というのは、アサド政権が万が一崩壊した場合の受け皿はないからです。

 受け皿がない中で、ではどうして強硬策を取りつつあるのかというと、それは「化学兵器を二度と使うな」というメッセージを送りたいからですが、そのメッセージを嘲笑するかのように、アサド政権は色々なことを仕掛けてくる可能性は十分にあります。

 その場合、問題になるのはロシアの出方でしょう。アメリカは最終的にロシアを黙らせるためには「ソチ五輪のボイコット」をチラつかせる可能性があると思います。さすがにスノーデン事件を理由としてのボイコットは「格好悪すぎる」ので思いとどまっているアメリカですが、「化学兵器使用を繰り返す」アサド政権を支援して恥じることがない、ということになるようですと、分かりません。

 とにかく、シリアの背後にいるロシアとの駆け引きが今後のメインストーリーになっていく、その一方で、エジプト情勢、イランの新政権の性格などこの地域のそれぞれのプレーヤーがどう動くかによって、このシリア情勢というのは複雑に変幻していくように思います。

 欧米では「強硬策は不可避」と腹をくくる一方で、その一方で「解決のシナリオはなし」という悲観論が広がっています。

 その攻撃の具体的な方法ですが、アメリカやNATOの過去のパターンからすると、シリア上空に「飛行禁止区域(ノー・フライ・ゾーン)」を設定して制空権確保の後に、標的となる化学兵器の保管が疑われる場所、あるいはミサイル関連施設などの空爆に進むのが「常套手段」です。

 ですが、今回のシリアはロシアから購入した高性能の「地対空ミサイル」を大量に保有しており、簡単に制空権は取れないと言われています。従って、地中海海上のミサイル駆逐艦からの誘導ミサイルによる攻撃が主となるようですが、これも迎撃される危険があります。また、情報戦に優れたシリアはミサイルが着弾したとして「民間人の誤爆」などの事件を指摘して抗議するなど、様々な可能性が予想されます。

 米国は3日間程度のミサイル空爆で済ませたい考え方のようですが、その空爆自体がそう簡単に成功するかどうかも疑わしいように思います。とにかく事態の推移が大変に懸念されます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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