コラム

ここがヘンだよ衆院選

2012年11月30日(金)11時18分

 今回の日本の衆院選については「筋の通らない」ことばかりが目について、こんなことで日本の方向性が決まってしまって良いのか、大変に心配になります。一番大切なことは一昨日のエントリで申し上げた「景気と雇用」という有権者の最大の関心事に十分応えていないという問題ですが、今回はこの選挙の「基本的な構図」に関連した問題点を整理しておこうと思います。

(1)今回の解散ですが、そもそもは税と社会保障の一体改革に関する「三党合意」があったわけです。その三党合意の条件に「解散」という約束があったから解散がされたという面もありますが、その大義としては三党合意に関する民意を問うということがあったはずです。ですが、これがどうも怪しくなっているわけです。特に自民党は漠然と「反消費税」の感情論に擦り寄ろうとしているわけで、これでは「三党合意を理由に問責決議」をやった谷垣前総裁の論理破綻がまだ続いているように見えるのです。

(2)どこの党も恐らくは単独過半数は取れないと言われています。更に言えば、全小選挙区に候補を立てられない政党も多いわけです。ということは「選挙後の連立工作」というのが選挙そのものと同じく重要になるわけですが、ほとんどの党が「選挙後の連携方針」を示していません。勿論、どう動くかは結果を見ないと決められないのは分かりますが、「この点で一致しなければ組まない」とか「こういう条件なら連立に乗る」という原則論ですら曖昧なままです。これでは、政権ができても全く民意と乖離する危険があるわけで、それではその連立政権も「そんなには持たない」ことになるのではという心配があります。

(3)今回の衆院選での対決構図を見ると、2大政党制を前提とした小選挙区制度はほとんど崩壊したように思われます。であるならば、選挙制度の議論が重要な争点になるべきですが、それがハッキリ出て来ていないのはおかしいと思います。

(4)それにしても、少子化対策とか東北の復興といった問題に関しては、もう争点にはならないのでしょうか? 少子化は更に加速しており、今年2012年の出生数は106万人程度、死亡数は126万人ぐらいという見込みであり、日本の人口は毎年20万人ずつ確実に減少して行くのです。また東北の漁業インフラ、交通網の再建、防災体制なども現在のスピードで良いとは思えません。どうしてこういった問題が争点にならないのでしょうか?

(5)以降は各党の政策に関する疑問になります。まず安倍自民党の「国防軍」構想ですが、改憲を前提にしているから先の話だと言っても、細かな問題が気になります。まず、海上自衛隊とか陸上自衛隊というのは海軍とか陸軍というのでしょうか? その場合に英語名称は「セルフ・ディフェンス・フォース」ではなく「ジャパニーズ・アーミー」とか「ネイビー」になるのでしょうか? また災害救助に関する期待と責任に関しては自衛隊と変わらないのでしょうか? 最大の問題点としては交戦規定の見直しです。交戦規定の見直しを同時に行うというのは「改憲して国防軍へ改組」するまでは、自衛隊のままでの交戦規定の改訂は行わないということなのでしょうか?

(6)維新の会に関しては橋下市長と石原前知事のズレが色々と出てきているわけですが、最大の矛盾として、そもそも一極集中の責任者と地方分権論者がどうして組めるのでしょうか? ところで、維新の国政進出は大阪都構想の「手段」というのが原点であったはずですが、太陽と合併した後ではその原点は一体どうなったのでしょう?

(7)消費税の地方税化は混乱するからダメだという論がありますが、地方ごとに異なる税制があって、それぞれの地方の経済社会の個性になっていくというのは、混乱ではなく多様化としてあると思うのですが、どうしてそんなに怖がるのでしょうか?

(8)野田民主党ですが、折角「小鳩」系の人たちは去っていったのですから、財源がなくて潰れたマニフェストに関する「おわび」はいつまでも続ける必要があるのでしょうか? そうではなくて、とりあえず過去3年間、日本経済を大破綻なく進めてきた実績とか、いわゆるイデオロギー的なものだけでなく、経済財政政策も含めた「中道実務主義」的な姿勢について、もうちょっと胸を張っても良さそうに思うのですが。

(9)未来の党の政策には、それこそ挫折した2009年の民主党マニフェストの内容が残っているのですが、改めてもっと精度の高い財源の根拠について出す計画はあるのでしょうか? それとも与党になって「本当に実施する」ことはそもそも想定していない、要するに野党的なフィクションとまで行かなくても「イデオロギーを訴えるための比喩」に過ぎないのでしょうか?

 まだまだ問題点はあると思います。こうした点について、1つ1つを厳格に問いかけていくことでしか、現在の日本政治の「カオス」状態は抜け出せないのではと思うのです。

<お知らせ>
ブログ筆者の冷泉彰彦氏がオバマ政権2期目の課題を展望する『チェンジはどこへ消えたか オーラをなくしたオバマの試練』(ニューズウィーク日本版ぺーパーバックス)が、先週発売されました。詳しくは当社サイトの書籍紹介ページをご覧ください。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国人民銀、期間7日のリバースレポ金利据え置き 金

ワールド

EUのエネルギー輸入廃止加速計画の影響ない=ロシア

ワールド

米、IMFナンバー2に財務省のカッツ首席補佐官を推

ビジネス

ミランFRB理事の反対票、注目集めるもFOMC結果
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story