コラム

エコカー規制へ進むオバマ政権、日本車には有利か不利か?

2012年08月29日(水)12時30分

 2008年の当選以来「グリーン・エコノミー」政策を掲げてきたオバマ政権ですが、「エコカー」政策に関していえば、09年の春には「リーマン・ショック」を受けてのGMとクライスラーの経営危機という問題が発生し、そちらに忙殺されていたという格好です。

 このデトロイトの危機に関しては、公的資金の投入と計画的な破産法適用という形での決着を見たわけで、その後はジワジワと景気が拡大する一方で、フィアットの支配下に下ったクライスラーは別として、公的資金注入を回避して危機を乗り切ったフォードも、そして一度は潰れたGMもここのところは、利益体質に戻っており、エコカー政策を進める機は熟したと言えます。

 一方で、原油価格の動向はどうだったのでしょう? 08年の初夏に「1ガロン(=3.8リットル)が5ドル」に迫るという異常なガソリン高を経験した後に、まず中国のバブルが収まり、その年の秋からはリーマンショックに欧州危機と、世界の石油需要が沈静化する中、アメリカでのガソリン価格は「1ガロン、3ドル台」で安定的に推移して来ました。

 途中、イラン危機を材料に上がったこともありましたが、その話が沈静化すると価格はまた落ち着いて来たわけです。ですが、この秋を前にして、ガソリン価格は再びジリジリ上昇を始めています。そんな中で、オバマ政権はようやく「中長期の燃費規制案」を発表して、エコカー政策を進めることになりました。

 8月28日に発表された規制最終案は、簡単に言えば、乗用車の「自動車メーカー別の平均燃費」についての規制を、現行の35.5MPG(1ガロン当たりのマイル数、換算するとリッター15キロ相当)から、2025年までには54.5MPG(リッター23キロ強)へと段階的に引き上げるというものです。

 実はこうした規制は立法として議会承認が必要なのですが、「この決定を歓迎する」というデトロイト首脳や自動車労組も合意の上での決定であり、オバマ政権としては、余程のことがない限り「可決には自信あり」という姿勢のようです。ところで、どうして最終案の発表がこの時期になったのかというと、今週の「共和党全国大会」を意識してのことだと思われます。

 というのは、共和党のロムニー候補に関して言えば、この種の「規制」には反対するという考え方を打ち出しているからです。オバマとすれば、アメリカが技術力で世界をリードしてゆくためにも、特にエネルギー分野に関しては厳しい規制を行い、その規制をクリアさせることで競争力を維持してゆくという考え方があるわけで、「ロムニーの規制緩和は産業のためにならない」ということを言いたいようです。

 そんなわけで、この規制案そのものは政局の展開によりどうなるかは分からないわけですが、では、こうした厳しい規制というものは日本車、つまり日本の自動車産業にはどう影響するのでしょうか?

 とりあえず、北米市場での自動車の売り上げは回復基調が続いています。そんな中で、ガソリン価格が再度上昇の兆しを見せている中、トヨタのハイブリッドも、日産の電気自動車も注目されています。

 トヨタの場合は、従来は「プリウスという究極のエコカー」と「レクサス系列(LS、GS、RX)の二重動力系統を生かしたハイパワー運転と省エネの二面性を持ったハイブリッド」という大きく分ければ2本仕立てであり、その双方のコンセプトから「掘り進む」ことで、ハイブリッド市場を開拓してきたわけです。

 そのトヨタは、今回「カムリ」という超売れ筋の小型セダンに新設計のハイブリッドのユニットを乗せたモデルが好評であり、更にはその動力系統をよりホイールベースを広げたシャシーを共有する「レクサスES」と「アバロン」という中型高級セダン(いずれも2013年モデル)にも搭載してゆくなど、「第3のコンセプト」つまり「快適性と省エネ」を軸とした小型~中型セダンのハイブリッドを展開するというステップに進みつつあります。また、プリウスの「プラグイン」モデルも注目を浴びています。

 一方の日産「リーフ」は、現在のところではガソリンとのハイブリッドではない、100%電気自動車としては、唯一の量産モデル、しかも現実的な価格ということで昨年の発売以来、注目されています。アメリカに関しては、原発の新規稼働が認可される一方で、天然ガス、シェールガスの供給も拡大できそうということで、エネルギーの多様化、安定供給化が進む中、電気自動車の普及のためのインフラも今後は進むと思われます。ということで、日本車に関して言えば、「新規制」は大歓迎というところでしょう。

 中長期ということで言えば、エコカーが主流になった時に、「自動車の付加価値のあり方が急激に変化する」とか「省エネと安全性がある臨界点を越えたところで、自動車が急速にコモデティ化する」というような「大きな波」が来るかもしれません。そうした中長期の変化に対応できるかという点では、日本車勢には一抹の不安を感じなくはありませんが、当面は少なくとも北米市場でのエコカーというビジネスに関しては、日本経済の「最後の砦」としての役回りは期待して良いと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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