コラム

上院議員候補の「レイプ暴言」、大統領選への影響は?

2012年08月22日(水)10時57分

 今年11月の総選挙へ向けて、共和党からミズーリ州の連邦上院議員選挙に出馬しているトッド・エイキン候補の「レイプ暴言」は、全米のトップ記事を独占しています。このままですと、同候補は天王山選挙区の1つであるミズーリで敗北し、共和党の上院での多数派奪還に黄信号が灯ることになります。そのために、同党の多くの議員たち、そしてお膝元のミズーリの共和党の元議員や現職の議員たちは「エイキン候補の辞退」を要求していますが、本稿の時点ではあくまで「居座り」の構えです。

 さてこの「事件」ですが、19日(日)のTVインタビューで、同候補が "From what I understand from doctors, that's really rare. If it's a legitimate rape, the female body has ways to try to shut that whole thing down."(私が医者に聞いたところでは、女性の身体は『まともな』レイプをされた場合なら自動的に拒絶反応を起こすので妊娠することはない)と発言したというものです。

 ちなみに、この部分ばかりが強調されていますが、彼の「言いたいこと」というのは、その続きにあるようです。"But let's assume that maybe that didn't work or something. I think there should be some punishment, but the punishment ought to be on the rapist and not attacking the child."「しかし、仮にその拒絶反応が働かないか、何か別のことが起きてしまって妊娠してしまったとしよう。この場合は懲罰が必要だ。だが、罰せられるべきはレイプ犯であって胎児ではない」つまりレイプ被害によって妊娠した場合であっても、妊娠中絶は認められないというのです。

 勿論、全米の中道から左の世論が怒っているのは「まともな(レジティメイト)レイプなら妊娠しない」という「トンデモ」の部分なわけですが、本人としては後半の自分の主張を強調するために、口が滑ったということのようです。そのため、発言に関しては陳謝しているものの、現時点での候補辞退は断固拒否の構えを続けているのです。

 このエイキン候補はティーパーティー系の現職の下院議員(同じくミズーリ選出)ですが、ちなみに、この発言に関しては彼の独創ではなく、一応ネタ元があるようです。反妊娠中絶の論客で、一応「医学博士」だというジョン・C・ウィルクという人物がそのような理論を公言しており、そちらに影響を受けての暴言であったという報道があります。

 非常に分かりにくい事件ですが、事件に付随して2点だけ注釈をしておきたいと思います。この発言自体は「トンデモ」でしかありませんが、主旨としてはレイプ被害による妊娠でも中絶は禁止したいというイデオロギーを訴えたいわけです。1つは、アメリカの「妊娠中絶反対派」はどうしてそこまで「思い詰めるのか?」という問題です。

 宗教的狂信だと言えばそれまでですが、要するに彼等は「胎児の生命の尊厳」に自分のアイデンティティを投影してしまっているのです。その結果として、「女性の権利だとして胎児殺戮の自由を正当化」しているリベラル派は「自分たちを含む人命への攻撃」をしているというロジックになるわけです。そのイデオロギー性がエスカレートした結果、レイプ被害による妊娠時も中絶はダメという主張になっているのです。

 もう1つは、仮にレイプ被害の結果として子供が生まれてきてしまった場合は、その母親も子供も一生苦しむのではないかという問題です。私はこうした宗教保守派を支持してはいませんが、彼等の名誉のために付け加えるなら、この点に関して言えば「受け皿のインフラ」を宗教保守派のコミュニティは持っています。被害女性に対するカウンセリング体制も、養子縁組のシステムも、十分な愛情で養子を育てる養父母候補の存在ということも一応揃っているのです。

 ですから、「イデオロギーによる自己満足のために中絶を禁止し」レイプ被害の結果として生まれた子とその母親のその後の人生には「知らんぷり」ということでは「ない」ということは言えるのです。

 そうではあるのですが、この「レイプ被害の妊娠でも産め」という主張自体が世界的な常識からすれば異常であるのは間違いありません。また、特に問題になっている「医学的見解」に関しては言語道断です。オバマ大統領を先頭に、民主党側は「女性の人権に無自覚な共和党」という攻撃を強めています。

 さて、来週にはフロリダ州のタンパで共和党の全国大会が行われますが、その直前のこのゴタゴタは、共和党とロムニー候補にダメージを与えることになるでしょうか? 共和党の「上院過半数」奪取作戦には影響があるでしょうが、ロムニー候補への影響は軽微だと思います。

 というのは、今回の「事件」をキッカケとして、ロムニー候補は正々堂々と「レイプ被害時の妊娠中絶には賛成」というコメントを出すことができたからです。ロムニー候補に関しては、マサチューセッツ州の知事時代に「妊娠中絶を容認していた疑惑」というのが共和党内でくすぶっていたのですが、これで「中絶には反対。但しレイプ被害時は容認」という言い方で「やや中道寄りのポジション」で胸を張れることになります。

 仮にエイキン失言がなければ、ロムニー候補は「レイプ被害の場合は中絶容認」ということをハッキリ言い出すには相当にタイミングに留意しなくてはならなかったと思いますが、その問題をスルーできたということです。

 また、エイキン発言が「余りにトンデモ」であったために、オバマがこの問題を持ち上げても、中道票にはそれほど響かないでしょう。ロムニーやライアンを含む共和党は「そこまで頑迷ではない」ということを中道票は分かっているからです。むしろ、この問題で余りに深追いをすると、オバマ陣営はロムニー側の財政規律論議から逃げているという印象を与える可能性があるようにも思います。

 そんなわけで、上院選に関しては「エイキン下ろし」が長期化した場合には、共和党のダメージコントロールは難しくなると思います。ですが、大統領選に関して言えば、この事件は、ロムニーが中道寄りのポジションを固めるキッカケになったと見ることが可能であり、影響は軽微と考えるのが妥当でしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

ビットコイン一時9万ドル割れ、リスク志向後退 機関

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story