コラム

全日空巨額増資の戦略性を考える

2012年07月04日(水)11時54分

 全日本空輸は、総額2110億円という大規模な第三者割り当て増資を発表しました。要するに、これだけの金額をキャッシュで調達するために、株を新たに売り出すのです。

 テクニカルには、この巨大な増資が実行されると、同社の株数はおよそ4割増になります。そうなると、希釈化といって1株あたりの利益は大きく薄まってしまうわけです。市場のリアクションとしては、発表直後には、株価が14%急落していますが、瞬間的な反応としては仕方がないでしょう。

 この増資の目的は新鋭のボーイング787の49機を含む航空機への投資であり、その航空機への投資は総額で8300億円という規模であると発表されています。いくら、航空会社にとって航空機が「メシの種」であるにしても、1つの民間会社としては大胆な投資という印象を与えます。

 では、この全日空の2000億円の投資というのは、リスキーなギャンブルなのでしょうか?

 以下は、私の全くの私見ですが、こういう見方もあるということで、ご理解ください。

 まず、新鋭機を49機購入などといっても、急に大きな意思決定をしたわけではないのです。特に787の場合、全日空はローンチング・カスタマー(ユーザー側の開発パートナー)であり、49機という数字に関しては以前から発注していたのです。

 また、この787に関して言えば、日本製の炭素繊維を多用して軽量化を図った結果、従来機の20%以上燃料効率が改善されています。従来機からの置き換えを進めて、飛ばせば飛ばすほど利益が出るのです。また、これは今後の市場が決めることではありますが、金属の使用を減らしていることから腐蝕に強く、機体の市場価格の下がり方も低い可能性があります。

 ということは、全日空にとっての新鋭機購入というのは、それ自体が利益に貢献すると同時に、資産の購入という面でも意味があるのです。航空機というのは、勿論消耗品です。購入後に価格が高騰して売却益が出るということは普通はありません。ですが、今回についてはそうでもないのです。

 まず、全日空は787を「定価」で買うわけではありません。49機の確定発注という巨額な商談、しかもローンチング・カスタマーの場合は、相当なディスカウントがあると思われます。また、航空機というのは、国際的な市場価値を持っているものですから、中期的に仮に円が弱くなれば、資産としての円建ての市場価値は膨らむ可能性があるわけです。

 勿論、日本は否応なしに人口減と市場の縮小に向かうわけですが、航空会社というビジネスは非常にフレキシブルですから、対応は可能なわけです。国内市場がダメなら、カタカナ英語のアナウンスや、ビジネスは懐石料理でエコノミーはカレーライスの機内食なんていうのは止めて、市場をアジア太平洋圏に広げればいいのです。

 通常は、高額な新鋭機の大量導入は、リース契約を絡めてバランスシートを身軽にするのが常道ですが、そうではなくて一時的に強くなっている円のパワーを使ってキャッシュで買ってしまうというのはアリだと思います。

 投資家としても間接的にではありますが、為替リスクのヘッジ的なニュアンスも得られるのではないでしょうか。何よりも、郵貯を通じて日本国債に大量に固定されている、日本の個人投資家の資産を「生きた」投資へと振り向けることができれば、それだけでも意味があると思います。

 1つ苦言を呈したいのは、可能であれば、こうした経営判断は自分で考えてやって欲しかったように思います。米系の投資銀行がアドバイザーとして入っていますが、その手数料はバカにならないからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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