コラム

台風、ハリケーンと防災体制における「効率」の問題

2012年06月20日(水)09時50分

 まず、今回の台風4号で被害や影響を受けた皆さまにお見舞いを申し上げます。

 さて、アメリカでは台風ではなくハリケーンになるわけですが、私の住むニュージャージー州では数年に一度はハリケーンの上陸があります。また、個人的な経験としてはフロリダ州に行っていた時にハリケーンの直撃を受けたことも数度あります。そうしたアメリカでのハリケーン経験の中では、アメリカの良くない部分を見せつけられたこともあります。

 例えば、フロリダでは収入源となる観光地はハリケーン通過後に、ものすごいスピードで後片付けとインフラ復旧がされていました。一方で、その観光地に勤務するような、地元の人々の居住エリアでは1週間経っても電気も水道も復旧しないわけで、地域経済という意味での優先順位の付け方には納得させられつつも、その格差には違和感を感じました。

 また、ニュージャージーの場合は、ハリケーンの後の増水でラリタン川という主要河川が氾濫を起こした結果、泥水が浄水場に流れ込んで以降数週間にわたって上水道の水質に問題が出たことがありました。事件としては不可抗力であり、ある程度はガマンすべきことなのかもしれませんが、その結果として水道公社は経営破綻し、他州の純粋な営利企業が上水道供給事業を買収したのです。水道料金は60%近く値上がりし、サービスも低下するなど、悪しき民営化を実感させられたものです。

 一方で、ニュージャージーでもそうですが、フロリダで特に痛感されたのは防災体制への考え方が日本とはまるで異なるということです。具体的には以下のような点です。

(1)避難勧告、避難指示などという甘いことは言わず、サッサと「マンデトリー・エバキュエーション(強制避難命令)」を出してしまう。そのタイミングも、風雨が来る前の「静かに晴れている」段階からスタートして、前倒しで避難させてしまう。

(2)実際に風雨が強くなったら「非常事態宣言」を出して「不要不急の交通を禁止」し「外出禁止」にしてしまう。逆にそのタイミングの前に避難が完了するような危機管理にする。

 こうした防災体制に関しても、先ほどの悪しき民営化とかインフラ復旧における格差の問題と同じような問題があります。とにかくカネをかけないということです。晴天のうちから前倒しで避難を進めて、暴風雨になった時点では非常事態宣言で交通を遮断してしまうというのは、要するに効率を重視しているわけです。

 アメリカに来て最初のうちは、ハリケーンが接近すると州知事がTVに出てきて「早めの避難を」と呼び掛け、ものものしい姿で州兵が避難者を誘導する、更には「マンデトリー(強制)」の避難命令という「おどろおどろしい」布告が出る、そういった一連の様子を見ていると、まるで軍事戒厳令のような違和感を感じたものです。

 ですが、本当は違うのです。軍などの危機管理には市民は服従しなくてはいけないので、大人しくサッサと避難しているのではないのです。要するに、前倒しで避難をし、非常事態宣言で交通や社会活動を遮断してしまった方が、自治体としても個々人としてもリスクが低いと同時に、コストも安くつくのです。そのことを全員が分かっているのです。

 そう考えると、日本の防災体制のような「いよいよ風雨が強まってから土のうを積んだり、避難を始めたり」とか「ギリギリまで新幹線は動かし、ギリギリまでビジネスマンは出張をキャンセルしない」という方法は、大変に贅沢なことをやっている、つまり限界が来るまで社会活動を続ける代わりに、その代償も払うというシステムだということが分かります。

 インフラ復旧に露骨な差別をするとか、ライフラインである上水道を民間に丸投げするというのは感心しませんが、早めの避難とか、社会活動を停止してしまうという考え方は、ある意味ではコストを下げつつリスクも低減できる考えであるように思います。これからの台風の季節に色々な形で議論がされればと思った次第です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過去最高水準に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 7
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story