コラム

リック・サントラムの「宗教保守主義」はどうして支持を集めるのか?

2012年02月22日(水)12時29分

 11月の大統領選へ向けた共和党の候補者レースは、来週28日にミシガン州とアリゾナ州という大きな州での予備選が控えています。その翌週が「スーパーチューズデー」ですので、その前哨戦という意味でも28日は重要です。

 それ以上にロムニー候補に関して言えば、この2つの州の意味合いは非常に大きいのです。まず、ミシガン州というのはロムニー候補の故郷であり、父親が有名な州知事であったという大事な場所です。またアリゾナ州というのは、ユタ州、カリフォルニア州、アイダホ州などと同様に、モルモン教信者の多い地域で、ロムニー候補にとっては絶対に落とせない重点州だと言えるでしょう。

 ですが、ここへ来てライバルのサントラム候補が猛烈なチャージをかけてきています。世論調査の数字としても、ミシガンではサントラム候補がやや先行、ロムニー候補の強かったアリゾナでも、サントラム候補は猛追しており、最新のCNNなどでは互角になったという報道も出ています。

 サントラム候補への支持がどうして急上昇しているのかというと、とにかく宗教保守主義を前面に出した選挙戦が効果を発揮していると言えます。勿論、ロムニー候補の「億万長者ぶり」が批判を浴びているという状況に助けられているというファクターが大きいのですが、その点に関してはフロリダで激しい中傷合戦をやったギングリッチ候補などが上昇してもいいはずです。

 ですが、反ロムニーのモメンタムがここへ来てサントラム候補に集中し始めたのは、やはり宗教保守の立場を強く打ち出している選挙戦の効果だと思います。では、サントラム候補の何が決め手になっているのでしょう。

 サントラム候補が勢いに乗ってきたのは年明け以降です。最終的には票の数えなおしで「勝利」が確定したアイオワの党員集会がそのスタートで、アイオワ以前の時点では泡沫候補だったのです。では、どうしてアイオワで勝ったのかというと、全郡を回る「ドブ板」をやる中で徹底して1つのストーリーを語り続けたからです。

 それは、1996年のことでした。サントラム夫妻には辛い事件が起きたのです。予定日よりもずっと早く生まれた男の子が、分娩後2時間で亡くなってしまったのでした。夫妻はその男の子にガブリエルという名前をつけて、その亡骸を自宅に迎え、幼かった上の子供たちに見せたのだそうです。「これが君たちの弟のガブリエルだよ」というわけです。

 この行動に関しては、いろいろな議論があり、特に4歳とか5歳という時点で「弟の亡骸」を見せることが発達心理学的に見て問題があるのではという意見があるのですが、夫妻としては「亡くなったガブリエルも私たちの家族の一員」という信念からこうした行動をしたし、それを胸を張って語ると聴衆は涙を流して感動するのだそうです。

 このエピソードがどうして政治的な意味を持つのかというと、これは究極の「妊娠中絶反対のメッセージ」になるからです。未熟なままで生まれ、すぐに亡くなった子供も立派な1つの生命であるということの裏返しとして、妊娠中絶は殺人だというメッセージを訴えているのと同じだからです。

 アメリカ以外の世界の多くの社会の常識としては、確かに中絶というのは問題ではあるけれども、あえてそのことを語らないという節度が社会にはあるということのはずです。ですが、どうしてアメリカの保守派はそこまでこの問題にこだわり、このサントラム夫妻の話に感動する代わりに、「中絶を肯定する人間に幅広く支持されている」オバマとか「反対に心がこもっていない」ロムニーに敵意を持ってしまうのでしょう?

 そこには、非常に複雑な(そして当人たちも意識してはいないかもしれない)心理がそこにあります。それは「東北部やカリフォルニアのリベラル」は「中絶という殺人」を肯定することで、自分たちに敵対してくるが、それは「彼等が人命を操っても良いという神をも恐れぬ悪」であるという認識です。この認識がエスカレートすると、被害者としての胎児に連帯することで、そうした「悪しきリベラル」は「自分たちを殺そうという敵」だという「殺すか殺されるか」という殺気じみた対立になっていくわけです。

 勿論、サントラム候補は「中絶医へのテロ」を肯定したりはしませんが、不幸にも亡くなった新生児の亡骸を持ち帰って幼い子供たちに見せたという行動は、正にそうした「胎児への連帯」という思想にピタっとはまってしまうわけです。

 では、そうした屈折した「反中絶」の怨念の核にあるのは何なのかというと、実はグローバル経済の中での「取り残され感」であるわけです。この点においても、保守派の範疇の中ではありますが、必要な雇用対策はやるのだというサントラム候補のメッセージが効いている、つまり「反中絶+やや大きな政府」という組み合わせが貧困への恐怖を抱えた保守層にアピールしたということも言えるでしょう。

 前回、この欄でお話しした「経口避妊薬(ピル)」の問題もまだ続いています。宗教系の病院や教育機関の非宗教系職員への「経口避妊薬処方禁止」はダメというオバマ政権の姿勢を、宗教への挑戦だとか、信教の自由への侵害だというのはムチャクチャな議論なのですが、サントラム候補はまだまだこの問題にこだわっています。この問題も、文字通りの問題ではないわけで、実は景気や雇用の不安感といった「鬱憤」をそこに噴出させていると見るべきです。

 そんな訳で、屈折した宗教保守派の心理を巧妙につかんでいるサントラム候補ですが、これではカリフォルニアや東部では勝てる可能性は薄いわけです。最終的には、どこかで「手打ち」がされて党内がロムニーで一本化され、場合によってはサントラムを副大統領候補にというような判断ができれば共和党としての戦闘態勢が整うでしょう。ですが、確執が続いて怨念が残るようだと、結果的に笑うのはオバマということになるかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米・ウクライナ、鉱物資源協定に署名 復興投資基金設

ワールド

サウジ、産油政策転換示唆 「原油安の長期化に対応可

ワールド

米長官、印・パキスタンに緊張緩和要請 カシミール襲

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株の底堅さ好感 大手ハ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story